エリシエが一人、呆然としていると、段々と店の喧騒が彼の耳に入ってきた。
アツェムと解読に夢中になっていて気付かなかった客の量を、今やっと彼の体が認知したのだ。
「うわぁ、いつの間に・・・」
エリシエが周りを見るとそこには人、人、人、溢れんばかりの客だった。
普通なら大盛況とも言うべき好状況だが、この店にとっては一大事である。
ついさっきまで物体と化していた筈のアツェムとフェリシアは尋常ではない動きで店内を駆け回っていた。
片手に皿を山のように重ねたままもう一方の手と口で注文をとっているかと思えば、
今度は品物の乗ったトレイをフリスビーのように連続で投げていたり、一度に10枚以上の品物の乗ったトレイを運んでいたりする。
これで中身がこぼれたり、皿を割ったりと言うような失敗がないからまた不思議である。
「ああ、はい、え〜とレアチーズ二つとサルベニアティーですね。」
「すみませ〜ん、注文したいんですけど〜。」
「ああ、はいはい、少々お待ちを・・・。」
どたどたとカウンターとテーブルをフェリシアが往復している。
目が回る忙しさとは今の彼女のような状況を言うのだろう。
それに対しアツェムは
「はい、はい、それでしたらシフォンとコーヒーのセットがお薦めですよ。」
などと、あくまでも急いだ様子は無く接客している。
だが、
「店長、シフォンとコーヒーのセットを四つ、チーズケーキを六つ、今日のお薦めを7セット、それから、レミネールティーを八杯です。」
このように一度に大量の注文を言ったかと思えば、
「よいしょ、と」
微妙に年寄りくさい掛け声と共に品物の乗ったトレイを二十枚ほど持ってテーブルの方へ歩いていった。
振る舞いは落ち着いているが明らかにフェリシア以上の注文を処理していた。
一方マスターは顔こそ普段通りだがその動きは一分の無駄も無く、淡々と注文の品を用意している。
悲惨な事に、一番体力を使っているように見えるフェリシアが一番対応量が少ない。
「く〜、何で皆ここで食べるかなぁ・・・たまには家で家族や恋人とまったりしなさいよね。」
「この時間じゃ皆さん仕事か学校でしょう、それに、この方が儲かるじゃないですか。」
思わず小声で愚痴をこぼしたフェリシアにアツェムが言う。
人に聞こえないよう言ったつもりのフェリシアだがしっかり聞き取られていたらしい。
「あんた、よくこの状況で私の声聞こえたわね?」
あきれ一割、感心一割、客の対応八割の状態でフェリシアがこぼした。
「はは、これでも耳は良いですから。」
アツェムは残りの品物を配りながら返した。
すると遠くの方から
「フェリシアちゃん、客が来ないで良い事はないだろう。」
と店長。
店長にもしっかり聞こえていたようだ。
言うまでも無いが店にいる数十人もの客の中で聞き取れた者は一人としていなかった。
「・・・・・・地獄耳。」
ポツリと最後にそう呟いて、彼女は余計な事を頭から廃し、激務に身を委ねた。
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