生きとし生けるもの全てを隠してしまう様な闇夜の中、町を歩く影が一つ。
まるで世界が、この世には彼しか生き物が存在しないと言っているのかと錯覚するような光景だった。
人工的な建物は昼の賑やかさや、生き物の生活感は微塵も感じさせず、ただ、そこにある。
それはまるで空気のように、この闇夜の中ではこれらの感じさせる雰囲気などまるで出てこない。
たった一つの生命体がその他すべて物を希薄にさせてしまっているのだ。
そう、今ここでは町の空気も、人も、小さな虫一匹すらも感じる事は出来ない、彼しかいない・・・・・・
やがて、ひとしきり辺りを見て回ると、彼が呟き始める。
「どうやら、ここで誰かが封印したみたいですね。でも、所詮は封印、解けるのが運命・・・・フェルマ・リデルカ・・・なんとも皮肉な名前じゃないですか。」
そう言い終わると突然、彼の体が消えた。だが、その次の瞬間には、彼の体は時計塔の頂上に腰掛けていた。
白い髪が月光に照らされ、艶やかに輝いていた。
「明日、月は満ちる、この封印状態からして、恐らく・・・・・・」
と、そこまで言って、彼の表情が変わる。何かを思い出したような表情になったのだ。
「そう言えば、今日知り合った娘は、なんとも面白い人でしたね。気が強いのにお人よし・・・・ですか。ふふ、ああいう娘が居るうちはこの町も安泰そうですね。」
そう、思い出し笑いをすると、彼の目はつい数時間前に知り合った娘の家を見た。
「貴女の様な人がいるからこそ私の様なモノがいる。好き勝手にはさせませんとも・・・・・」
そう言うと、彼は胸から楕円形をした赤い宝石を取り出す。
それを置くと同時に、彼の姿はまた、夜の闇へと紛れて消える。
赤い宝石が彼の代わりに月光を浴び、淡い光で星々と共に夜を照らしていた。
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「う〜〜〜〜〜」
実に不機嫌そうな唸りが店内に響く。
「おやおや、珍しくご機嫌斜めじゃないか。」
店長がモップ片手にコーヒーを差し出した。
朝来た時からずっと不機嫌そうなフェリシアを見るに見かねての行動である。
「はぁ、どうも。」
と言ってコーヒーに手をつけるフェリシア。
先ほどより少しは近寄りがたい雰囲気が解けたようで、店長が問いかけた。
「で、どうしたんだい?」
と、その一言にフェリシアの顔が嫌な事を思い出したように歪んだ。
「どうしたもこうしたもありませんよ!あの礼儀知らず、出て行くんなら挨拶の一つもしなさいっての!!」
と、いきなり爆発した。
「はは、私に言われてもねぇ。何のことやら。」
正論で返されてフェリシアがはっとして慌てた。
「あ、いえっ、その、・・・・・・・・うう、すいません。」
そういってフェリシアは昨晩の事を説明した。
「で、朝起きてみたらこの手紙があって・・・・。」
と、店長に手紙を見せた。
それを取りながら店長が
「なんだ、手紙を残していったんならそんなに怒る事も・・・・・・・・」
手紙を見た瞬間店長が固まる。
「・・・その手紙に礼儀、あると思います?というか、そもそも、なんて書いてあるんですか?それ」
そう、彼の残した手紙は何か書いているようだが、文字が全く読めないのだ。
「こんな文字、どの大陸でも見た事無いね。私も若い頃はいろいろ回ったもんだけど・・・・・」
と、店長は困ったように手紙とにらめっこしている。
「でしょう?文字なんかその辺の宿屋とか見れば違うってすぐ判る筈なのに!!しかも全く見た事もない文字だし!!悪戯としか思えませんよ!幸い盗まれた物は無かったから良かったものの、絶対あいつろくな育ち方してません!!」
握り拳のまま今にも何かに当たりそうな雰囲気でフェリシアが熱く語る。
「でもねぇ、フェリシアちゃん。そもそも知らない人を家に泊めるのはどうかと思うよ?最近は物騒だって言うのに。」
手痛い、しかし尤もな店長の言葉にフェリシアの言葉が詰まる。
「う゛っ、ま、まぁそれはそうですけど・・・・」
「だろう?フェリシアちゃん狙ってる男は多いんだから、気軽に家に泊めたりなんかしたら本当に危ないよ。気をつけるべきだと私は思うがね。」
「う゛う゛、はい。気をつけます。」
いつの間にか私が怒られてる・・・・・・でも、正論だよなぁ〜〜
と、心の中で思いつつ、納得したフェリシアだった。
そして、その後は何事も無くいつもと同じ様にその日は進んで行った。
同じように時は進んでいた。
そう、何もかもが彼女の日常でごくありふれた事、何も問題など無かった・・・・・・筈だった。
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