「大体のことはご老体に聞いた。魔王と名乗る輩からお主を渡せと脅す言伝があったのだろ?」
ミュエルが老人を一瞬呆れたような目で見るが、老人はかなり脚色を施した賊との話を語るのに夢中で、ミュエルの表情、いや、ミュエルとマグナスが何を話しているかさえ耳に入ってこない様子だった。
諦めたとばかりにミュエルはぽつぽつと話し始めた。
「はい、はじめは隣国や、何処かの貴族の、質の悪い悪戯かと思ったのですが」
「……なにかあったのか?」
「公にはされていませんが、つい先日、町が一つ魔王グランを名乗る者に……」
壊滅した町を思ってか、ミュエルの表情が曇る。
なんでも、生き残った者達の証言からすると、単に暇だったからと言う理由でその町は滅ぼされたらしかった。
彼らはそれを伝える際に悔しさのあまり涙さえ流していたという。
「一つ、良いか?」
マグナスが神妙な顔で尋ねた。
「なんでしょう?」
「祖奴は間違いなく、魔王グランを名乗ったのだな?」
「はい、生き残った人たちの証言や、漆黒の身なりからして間違いないかと、でも、どうして二十年も前の魔王が……」
それを聴いて、マグナスの拳が見えないところで握り締められる。
「いい度胸をしておるわ……」
「? どうかなさいましたか?」
聞こえないように呟いたものの、何かを感じたのか、ミュエルがマグナスを不思議そうに見つめていた。
「い、いや、なんでもない。それより、これからどうするのだ?」
「そうですね、警備も馬車も無くては、流石に逃げおおすのは無理でしょうね。かといって、下手にお父様と連絡をとれば」
「居場所がばれる……か」
「はい、今は魔王も王城まで襲ってはきませんが、多分そのうちに」
「なるほど、その時にお主が最近王と連絡をしていたとすれば」
「ええ、ある程度私の現在位置が確定できるでしょうね」
「だが、王国が勝つとは思わんのか?」
そうマグナスが尋ねると、ミュエルは悲しそうな表情をして
「勝って欲しいとは思います。ですが、もし本当に魔王グランなら……」
そう言って顔を伏せた。
「そうだろうな、魔王グランは魔王の中でも最強と歌われていたしの」
「はい……」
まさに八方塞り、そんな顔をするミュエル。
だが、マグナスの表情は逆にどことなく嬉しそうだった。
「ところで、ものは相談なのだが――」
と、マグナスが切り出そうとした。
その時、
「う、うわああああああああああ!!!!!」
「きゃあああああああ!!!!」
三人の居る部屋まで明確な悲鳴が響き渡った。
「「「!?」」」
何事かと全員が腰を浮かす、と、そこへ聞こえてきたのは。
「ま、魔王グランだ!! 魔王グランが攻めてきたぁ!!!」
「そ、そんな、二十年前に死んだはず!! ひぐあぁ!!」
悲鳴と破砕音の調和が一気に町全体に浸透した。
「ま、まさか、私がここに居るのが」
「そ、そんなまさか!?」
ミュエルと老人が危惧していると、
「……いや、どうやら違うらしい」
マグナスがそれを遮るようにして言った。
「ふむ、どうやら魔王様はまた暇になったらしいの、迷惑な事だ」
「よ、よく聞こえますね」
「じ、地獄耳ですな」
マグナスの異常なまでの耳のよさに感心しつつも、二人はどうすべきか悩んでいた。
「ひ、姫様、はようお逃げくだされ!!」
「爺や、どこへ逃げるというのです。こうなったら私が出て行って」
「い、いけません姫様!!」
「ですが、私が手に入ったとなれば少なくともこの町の人は……」
などと、論争をしている間に既に悲鳴と破砕音はすぐ傍まで近づいてきていた。
「くっくっく、手間が省けたわ」
だが、そんな中で一人、余裕を持って、いや、喜々としている者が居た。
言うまでもなくマグナスである。
「ま、マグナス殿?」
二人が困惑した表情でマグナスを見る。
マグナスはその顔に闇色の笑みを浮かべ、
「ちょうど良い、今この場で、滅してくれるわ」
物騒この上ない事を口走る。
だが、言った瞬間に、ついに崩壊の魔手が宿屋にまで及んだらしい。
「きゃっ!!」
「ぬわっ!!」
ミュエルと老人が悲鳴を上げる、その間にも宿屋は崩壊をつづける。
そしてレンガと木の奏でる壮大な不協和音と共に、ついに宿屋はその身を瓦礫へと変え、大地へ散った。
普通ならこの規模の崩落に巻き込まれては良くて骨折、悪ければ生きてはいまい。
だが、
「……え?」
「……な、なんと?」
二人が目を開けたとき、その身は崩れ去った宿屋の中――ではなく、宿屋のあった場所の正面だった。
しかも傷一つなく。
「二人はそこにおれ」
恐らくは漆黒の鎧を纏った彼の仕業であろう。
マグナスは二人にそう告げると、破砕音の中心点、恐らくは魔王グランが居ると思しき場所へ歩みを進めていった。
「ま、待ってください!! 危険です!!」
「そ、そうじゃ、幾らお前さんが人間離れしているとは言え、相手は魔王じゃぞ!!」
二度も命を助けられた人物の身を案じてか、二人が口々に彼を止めようとする。
だが、マグナスは必死の形相の二人の方を向き直ると、
「ふっ、案ずるで無い。斯様な愚か者に殺られる我ではないわ」
そう笑って言い、大剣を担いで歩いていった。
「「……」」
あまりにも自信に満ちた顔と、その見るもの全てを射殺すかのような目に、二人は一瞬飲まれてしまう。
そして、二人はその時気付いていなかった。
マグナスの手が、この上ない程、血が滴るほどに握り締められていた事に――。
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