町の騒動覚めやらぬうちに、マグナスは破壊された区画の反対側にちょうど被害をこうむってない宿屋を見つけ、そこに二人を寝かせた。
酷くショックを受けていた様子の皇女が、それからしばらくして目を覚ます。
「…………」
ゆっくりと、ミュエルの目が開かれた
「起きたか、気分はどうだ?」
「……っっ!!」
まるで獲物が怯えるかのように身を竦ませるミュエル。
「あのなあ、いい加減まともに話がしたいのだが」
半ば呆れた口調でマグナスが言う。
すると、
「狙いはなんです?」
自身を奮い立たせるかのように、必死になってミュエルがマグナスを睨みつける。
「……ふっ、さすが皇女、話が早いな」
とたんに、マグナスの顔が喜色を灯す。
「やはり、私を助けたのには企みがあったのですね」
思った通りだとさも言わんばかりにミュエルが身構えた。
「ま、結果的にそうなるな」
「わざとらしい。それで、何が狙いです?」
敵意と警戒心を最大限に奮い立たせ、ミュエルが尋ねる。
その間にも、ミュエルの心臓の動悸は速さを増していく。
外見上は気丈に振舞っているものの、マグナスの力を目の当たりにしている彼女は今にも泣き出しそうだった。
だが、国民を統べるべき者がこういう時に気丈に振舞わず何が王族か、と、無理やり自身を奮い立たせる。
そして魔王から来るであろう要求に対し、考えを巡らしていた。
(まさか王国の領土を狙って? いや、確か我が国には対魔王用の神器がいくつか、それともまさか国民を皆殺しに――)
「光の位を頂戴したい」
「……………………は?」
聞こえた事が信じられないような、かなり間の抜けた声をミュエルが発した。
(今、光の位って言わなかった? 確か、一般人が勇者として王国に仕える事になった時にその証として授けるものよね? えっと? それってつまり?)
「あ、ああああ、貴方、貴方は、わ、我がレブラット王国に忠誠を誓うと言うのですか!?」
「む? 光の位とは勇者になるだけではないのか?」
「あれは、一般人が勇者として王国に仕える事になった時にその証として授けるものです!!」
「むう、と言う事は、光の位を得るということは王国に忠誠を誓わなければならんのか……ふむ、困ったのう」
どうやらマグナスは本気で悩んでいるようだった。
「あの、宜しいかしら?」
「なんだ?」
おずおずといった様子でミュエルがマグナスに尋ねる。
「貴方は、魔王グランと言うことで、間違いないのですよね?」
「ま、今はマグナス・ケルブロウィスと言う名だがの」
ミュエルの頭がますます混乱する。
(どういう事? 何を企んでるの? でも、勇者になったふりをしても良い事なんて特に無い筈だし、???????)
今はたから見ればミュエルの頭には?が少なくとも三つは点灯している事だろう。
「まあ、良いか。気に入らねば直談判するまでよ」
ミュエルが混乱している間にも、マグナスは一人でさっさと納得してしまったようだ。
「よし、皇女よ。我の決心は決まった。お主達の王国に仕えようではないか」
「………………はい?」
(どうしましょう、もうどうしたら良いのでしょうか、お父様、ミュエルは弱い子です。もう頭が回りません。でも……)
「そうと決まれば話は早い。今日はもう寝――」
「待って下さい」
脳内パニック大混戦だったミュエルがようやくまともな反応を返した。
「一つだけ、一つだけ教えてください。なぜ魔王たる貴方が人間の、それも自分の宿敵になる事を望むのですか?」
真剣な様子で、少しでも偽りがあろうものなら見逃す気は無いといった風にミュエルが尋ねた。
マグナスは一瞬その目にたじろぎ、そして、少しその表情を曇らせながら言った。
「我とて、望んで魔王になった訳ではない」
「どういう、事ですか?」
いまいち話が見えず、ミュエルが困惑する。
「主は、運命と言うものを信じるか?」
「運命、ですか?」
「我には、魔王となった記憶が無い」
「??」
「分からぬか。つまり、我はな、人間に仇成す者として、殺戮者として突然この世へ送り込まれたのだ」
「突然?」
「そう、我が魂は不滅、何度死のうとも生前の記憶そのままに何処かで発生する。まるで太陽が昇るが如く何も無い荒野でさえ、我は生まれ出ずる」
「そんな……魔族だって、いえ、生き物ならすべては親より生まれる筈、現に今の貴方だって――」
「今回は特別だ、我が故意にその命を絶ち、転生の際に人の子として生まれるよう画策した」
「…………」
「この世を我が手に、それが我の存在意義であり、我が生まれた理由であった。それ故、生まれた瞬間に魔王。部下も武器も既にお膳立ては完璧。後は我が世界を支配するのみ。その筈だった。だがな、我はそんなもの望んだ覚えは無い」
「…………」
「好きなように生き、好きなことをする。初めから何もかも揃って、しかも運命の命じるままに人間を滅ぼすなど、我は御免だ。我が運命に引きずられるのでは無い。運命を我が切り開くのだ」
「……そのために、勇者に?」
「それもある、もう一つは、我は人間が好きで嫌いだ」
「?」
「滅ぼしたいと思う輩も居れば、守りたいと思う輩もいる。それを見極めるのに、勇者と言う職務を我は選んだ。加えて言うなれば、我はこの世界を滅ぼそうとは思っておらぬ。それ故だ。」
気恥ずかしそうに言いつつも、その目に曇りはなかった。
少なくとも、ミュエルにはそう感じられた。
そして、だからこそ彼女は決断を下した。
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