魔転譚   


 その姿の禍々しさ、並ぶもの無し。
 その力の強大さ、並ぶもの無し。
 その意思の非道さ、並ぶもの無し。
 最も必要とされながら、最も許されざる存在。
 魔都フィーガルの守護者にして、魔を束ねる主。
 名は、ヴァノン=グリムローズ=バレンシア

 十五年前。
 人が神の名の下に魔の住人に対して敵対を始めてから数百年。
 既に魔の住人、魔族と呼ばれる彼らは、人によって完全に世界から消え去る寸前まで追い詰められていた。
 村は焼かれ、歯向かう者はもちろん、そうでない者も無慈悲に殺戮される。
 人はそれを、神の裁きと称した。
 何故自分達が殺されなければならないのか、自分達が何をしたのか、魔族はそう訴えるが、返されるのは唯一言。
 魔は滅びる宿命なのだ、と。
 魔族は魔都フィーガルへと追い詰められ、彼らが世界から姿を消すのも時間の問題だった。
 砦の様な造りの入り口は無残に破壊され、街の入り口で向かい合う二つの陣営。
 間も無く、魔族の最後の戦いが始まろうとしていた。
 容赦無く降り注ぐ激しい雨の中、互いの咆哮が響く。
 刹那、怒涛の勢いで迫って行く人と魔族。
 血と咆哮と剣戟で埋め尽くされるまさにその瞬間、場を満たしたのは、全てを吹き飛ばす、爆音。
 人と魔族の間に落ちた何かが、膨大な音量と光量で、一瞬のうちに全てを埋め尽くした。
 雷が落ちたと誰もが思い、急いで視界を戻す。
 だがそこに、誰もが予想した焼けた大地は無い。
 在ったのは、一人分の影。
 そこには、魔族の青年が立っていた。
 人とも魔族とも取れる外見だったが、青年の全身を取り巻くように覆っている闇が、青年が人ではなく魔族である事を告げている。
 その手にあるのは、まるで闇を剣の型にはめ込んだような、一振りの剣。
 不意に、彼が人の軍勢の方を向いた。
 数百年続いた人の優位が、崩れた瞬間だった。
 始まったのは、戦いではなく、惨劇。
 彼の一振りは百人の人を跡形も無く消し去り。
 彼の咆哮は場にいる全ての生物の心を蝕み。
 彼の姿は恐怖と畏怖と、底の無い絶望を呼ぶ。
 魔族を遥かに凌いでいた筈の人の軍勢は、血の海と肉の山に成り果てた。
 人が全てを支配する時代は、終わった。
 以来彼は、名では呼ばれなくなった。
 人も、魔族も、彼自身ですらも。
 彼は、「魔王」……。

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