
例会の内容
例会の内容を記録の範囲で、書き起こしています。逐一の発言どおりではありませんし、発言者の意図を外れている可能性も否定はできません。ご了承ください。
◎自己紹介
竹長さん・宮下さん・遠藤さん それぞれに自己紹介と活動の紹介がありました。ここでは割愛します。
◎不登校について考えるとき、「学校に行かなくていい」という意見がありますが、そのことについてどう思いますか?
竹長さん …親業 のインストラクターとして県下にとどまらず広く活動している。臨床心理士でもある。
学校を「止める」選択をした子について話します。その子は、学ぶことが好き。そして、語り合う友がいる。子の友達を通じて、地域の活動に参加している。「社会参加」できている。カウンセリングをすることで、その子は、「この自分でいいんだ」と気づいて力が出た。
行かないで困ることはないんじゃないかと思う。
宮下さん …97年から玖珠の「つくしの会」で活動している
子どものことを話します。優しくて、純粋で、人とつき合うのがヘタ。見えない部分はボロボロでした。学校に行かせることで、傷つくだけ。
私も不安だった。「人の目が恐い」「将来が恐い」。いっしょにミニバレーをやっていた仲間が離れていきました。買い物にもいけなくなりました。そして、子どもを物が言えなくなるところまで追い込みました。でも、社会から守る壁になれるのは自分しかいませんでした。子どもは休ませれば、ちゃんと動き出します。でも、親のほうが待つのが辛い。
子どもは、学校へ帰っていきました。苦しかったけど、失うものは何もなかった。得るものばかりだった。
遠藤さん …津久見星の会で活動している。
子どもが、中学時代から行かなかった。学校の何が原因だったのかは、今でも分からない。高校に入学したが、学校に行かなかったので、学力がない。高校でやりたいことがあったが、それも潰えていった。「行かせることがその子のためになるのか」と考えた。
親から見れば、「高卒」という学歴はとても欲しいもの。しかし、子どもから見ればどうでもいいもの。悩む子どもに、子どもの友達が、「働いたほうがいいんじゃねえか?」と。中退して、就職した。
仕事は一日も休まずに続けている。「学校に行きよったときと全然違う」と子どもは言う。もう一年八ヶ月になる。「責任があるからやめられん」と子どもは言う。
竹長さん
子どもには、自分の中で結論が出ていた。行ける時は行く。
子どもには、自分のことを悩む権利がある。それを親が取り込んではいけない。
相談に乗っていた子は、中学校は行かなかったが、自分のなりたい夢に資格が必要だと知ったら自分から行くことに決めた。教師は、その子に必要な情報をもってきてくれた。
宮下さん
やめても「辞めた」という未練が残る。だから休学を進める。自分で認めて、親はそれを見守らないと。
心配や不安はある。でも、これは誰の心配や不安かというと、親のもの。親は、子どもが自分で決めることを見守る必要がある。
遠藤さん
子どもとは話せていた。ゆっくり。むしろ学校に入っていたが姉妹のほうが話すのが難しかった。
情報が欲しかった。当時は、まだ情報が少なかった。
参加者より
兄弟で、上の子が行かない。下の子には行って欲しい。上の子には「行かないでいい」と言っているのに、下の子に「行ってほしい」と思う自分に矛盾を感じる。
竹長さん
兄弟といえども、一人一人の人生。兄弟の片方にとって重要なことでも、もう片方にとって重要かどうかは分からない。
宮下さん
親が、自分で自分を知らないと、子どものことをきちんと見ることができない。
参加者より
上の子はいじめにあった。その子に自分の目が向いていて、下の子に目が向かなくなった。
親は、子どものために「行け」と言うが、子どもに親の価値観を押し付けてしまう。言わないけど、たくさんの思いを背負い込んでいて、下の子もいかなくなった。心の底から受け止める。「ありがとう」と思える気持ちになることが大切。
参加者より
「行かない」と言うことで、もう片方の兄弟と同じようにかまってもらいたがっているかも。学校に行くことで、社会との扉を閉じてはいけない。
◎「子どもの心がわからない」という声がありますが、そのことについてどう考えますか?
竹長さん
思春期だけでなく、人の心は揺れる。壁にぶつかると、今しなければならないことでなく、別のことをしてしまうことは自分にもある。
子どもが大切にしたいことは何か? 今したいことは何か? が少しずつ見えてくるそのプロセスに付き合うことが大切なんだと思う。
「問題所有の原理」といって、悩み・喜び・悲しみ などは本人の所有物だということ。それを親が自分の悩みに取り込んではいけない。子どものもやもやした気持ちを鏡に写すように、写し出していく。それを親がやっていけばいい。そうすれば、少しずつ自分が何に迷ったり、苦しんだりしてるのかが、子どもは自分で分かってくる。
宮下さん
子どもと共通のものをつくれたら、と思う。「幸せ探し」をする。親の欲やミエを捨てて子どもと語っていく。
子どもが問いました。「自分が人を殺したらどうする?」 私は「そんなことしたら、お嫁さんに来る人もいないだろうし、仕方がないから、私が最後までつきあってあげるわぁ」と答えました。
世田谷の事件でも、「いいとこ探し」をしました。何にでも、どんな悲惨なことにでも、いいことはあると思う。
遠藤さん
「この子と付き合っていかんといけんなぁ」と思ってから、ゆっくり話し合えた。周りの人がどう声をかけていいかわからないようすだったので、PTAで、「自分の子どもは学校に行ってない」と明かした。その方が周りは、助かったみたい。
参加者より
大人は、子どもの最善の利益のために努力するべき。学校も、学校に行く・行かないとこだわる必要はないと思う。その子が学校に行くことでプラスになるんなら行けばいい。別に学校を否定することはない。けど、学校がマイナスになるときには、行く必要なんかない。
ただ、必要な情報は提供してあげないと。情報を子どもは持ってない。
問題は、「行かない」ことで、いろいろ行ったり、変な目で見たりする周りの圧力。これに親が慌てふためくのが良くない。
| 管理人の感想 |
親も教師も、「学校に行くか行かないか」が重要問題になりやすいのだと思う。本当に重要なのは、「子どもが、生きることに希望をもったり、人に対して信頼感を持ったりできているか」ということなのだと思う。
パネラーや、参加者の「社会の風から子どもを守る壁になる」という言葉は、「体裁や自分の欲でなく、あなたとしっかり向き合って、あなたに本当に必要なことを手助けするよ」というメッセージが言葉を変えたものなのだと思います。
参加者の感想
| 別府市の方 |
| 親の要求やミエ、よく見られたいという心を少しでもなくすことを親に要求してきたような気がする。(不登校を経験した子の立場として)今日気付かされたことであった。 |
| 玖珠の方 |
| 体験して得たことを直接聞けてよかったです。 いろんな思いでゆれながら、自分なりの答えを持っているのですが、本当にこれでいいのかな?と少々不安もあります。しかし、親の会や、このような会の中で、同じ思いを聞けて、良かったです。 「何を大切に生きていかなければならないのか」価値観を子どもに学んでいると思っています。 |
| 大分市の方 |
| 最初例会にきたときより、とても面白くなってきました。時々の参加ですが(申しわけありませんが)以前はとっても暗い雰囲気でしたが、今は例会楽しみです…。機会があればまた、例会ではなく情報として、学校のことやフリーリのことも聞きたい方に教えてくれるというのはどうでしょうか? |
| 大野郡の方 |
| 「学校に行かなくてもいいよ」なのか、「どうしても行けないのならいかなくてもいいよ」なのか。私は、おととしまでは後者だったが、去年くらいから前者になった。生きるとき、幸せとは、何かということをずっと考えてると、学歴・学校が本当にちっぽけなものに思えてくる。 |
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