町村文科相の考えこそがはき違えている
2月3日付けの各紙が、町村文科相の発言をいっせいに報じました。不登校について「はき違えた個性の尊重、はき違えた自由、子どもの権利とか言って好きでいいという事が不登校を生んでいる。」と結論付けたというのです。
記事
こうした発言は、不登校の子どもとその親とたずさわる関係者の心を土足で踏みにじるような内容です。
不登校の子どもの多くは、「学校に行きたくても行けない」状態にあります。学校に行く時間になると、腹痛や頭痛を訴える子どもはめずらしくありません。苦悩する子どもの中には、自殺を考える子どももいるほどです。子どもの不登校をうけとめる父母(保護者)も、「子どもが育つということ」「親とはなにか」「自分らしく生きていくこととは」…等真剣に考え、子どもに寄り添っているのです。
以前は、確かにこのような考えはありました。しかし、不登校の子どもの増加にともない、文部省は「不登校はどの子にも起こりうる」(1992年・学校不適応対策調査研究協力者会議の最終報告)という認識を示しました。
日本の教育を考えていく最高の責任者である文科相の立場の人間が、こうした見解を持っていることは、大変残念なことであり、子どもたちにとって本当に不幸なことだと言えます。今回の町村文部科学相の発言は、とうてい許すことはできません。
2001年2月4日
| 不登校を考える大分県ネットワーク | 会 長 加嶋文哉 |
| 事務局長 岩尾雅則 |
この問題についての意見がメールで寄せられました
|
|