不登校は子どもが生きるための決断
不登校という「問題」
子どもが不登校だと聞くと教師も、親も「問題」だととらえるでしょう。その子が「属しているべき集団に属していない」状態だからです。
職場の中でそっけなく他の職員と一緒に動かない人、クラスでいっしょに文化祭に取り組んでいるのに分担を放り出して自分勝手をしている人、家族と会うのを避け部屋にこもる場合も「問題だ」と感じられます。けれど不登校は、「ひきこもり」や無気力な人間になってしまう予兆のように受け取られ、深刻に受け取られるのではないでしょうか。教師や親など、集団に適応することが大切だと感じている人ほど、「このままにしておけない」と、重大なこととして感じられると思います。
人の言動には背景がある 〜心の状態で変化する
私たちは自分の所属する集団の中で「うまくやっていこう」と考えます。そうしなければたいへん不快な思いをするからです。周りへの気遣いをし、空気を読みます。ただ、それができるのは心の余裕があるからなのです。例えば家族が病気をしていて心配な時には、普段のように振る舞えなくなります。心の余裕がないと、言動をコントロールする余力がなくなり、不適応な言動をするのです。
しかし、他の人の目に見えるのは外に表れた言動だけです。
私が20代のころ、担任した生徒の一人があまりしゃべらない子でした。私はその子がなぜしゃべらないのか、その背景をつかもうとは考えませんでした。「言わない」という外面だけを問題と考え、ある日、「何が言いたいのかはっきり言わんか。」と怒鳴りつけました。それから子どもたちの反撃が始まりました。その子や他の学年の子たちからもシカトされ、毒虫のように嫌われるようになりました。私の態度はますます硬直し、修復しがたい溝となり、しまいには子どもから蹴られたりもするようになりましたが、それに対してなにもできませんでした。
教師を蹴る生徒も、それに何もできない教師も、共に不適応な状態です。そんなことは当然理解していました。だから、状況がますます自分を責める材料になっていました。そのような追い詰められた状態で、私が自分の言動を変えるのはなおさら難しいことでした。
同じように、「不登校」の子どもは、行けない状態が普通だとは思っていません。「行けない自分はダメだ」と自分で自分を罰している子が少なからずいます。それでも、「分かっているが行けない」状態だと考えたほうがいいと思います。
人の心の構造は 〜行動を理解するために
人の心は階層構造になっていて、下の段階が満たされないと上の段階に進めないという研究は過去にマズローが行っています(図1)。
いじめられている子は、身の危険を感じています。そのとき、「仲間のことを考えたい」とは思いません。「教室に入ったけど、自分がどこに立ったらいいのか分からない」と語った子どもがいます。その子に「勉強が分からなくなるぞ」「高校に行けなくてもいいのか」と要求しても、本人はそれどころでないのです。それでも教師の要求に応えて、けなげに勉強しようとする子どもたちを見たことがあると思います。しかし、それはほとんど長続きしないと思います。続かないどころか、むしろがんばる前よりもっと疲れ、動けなくなっているのではないでしょうか。周りは励ましているつもりが、かえって本人を追い込んでいるのです。
自傷も暴力も「不登校」も、形は違っても「そうしかできない」と本人の心が感じているところで、共通しています。
「不登校」経験者たちの言葉から
ネットワーク(※1)の例会(※2)で数年前から「子どもシンポジウム(※3)」を開いています。「不登校」を経験した青年たちに語ってもらう会です。その中で次のような話が出ています。
行こうとしても体が動かないんですよ。学校についた途端に気絶したこともありました。学校には行きたかったですね。でも行けないから休むしかなかったんです。自分の家が近所にある高校の通学路で、毎日家の前を通る高校生の姿を見るのがつらかったですねえ。
今の学校では友だちがいます。友だちがいると学校は楽しい。今はすごく学校は楽しいです。先生にも、納得がいかないことがあったら食ってかかりますよ。先生も本音でぶつかってくる。だから、先生も含めて信用できますね。(20歳)
1人の人を攻撃する人たちを見ていて、すごく苦しかった。助けたいと思って先生と相談したりしてたんです。そういうことをしていると、だんだんエネルギーが減ってきて、みんなが攻撃する人たちに見えてきた。それでだんだん行けなくなったんです。
お互い分かっていないのに、上っ面だけで友だちの振りをしてる。そんなのは友だちと言えるんだろうか。私が休んだ時に、ほんとに心配してくれる友だちが励ましてくれた。遊びに来たり、手紙をくれたり。それで少しずつ元気が出た。(16歳)
教師が注意すると余計にいじめられる。いじめは、1人の人を攻撃することで、ストレスを発散してる。そうだとすれば、学校のシステム自体にストレスをためる体質があるんじゃないかと思うんです。それを変えていかないと。いじめだけ取り除こうとしても、いじめは根本的な原因じゃないからまた生えてくる。当事者はいじめが根本的な原因だと感じているかもしれないけど。(18歳)
青年たちは小・中学校時代「不登校」を経験していますが、この時は高校生でした。しっかり自分を見つめ、周りを見つめていると感じました。彼らは今成人し、全員働いています。「学校にも行けないようでは、社会に出て通用しない」と聞きますが、それは間違いです。
大切なのは「不登校」であるなしにかかわらず、子どもは「社会」を必要としているということです。変な言い方ですが、学校の勉強に耐えられるくらい心が安定できる居場所(=社会)を求めて行っているということです。先日の例会で、保健室登校を8年間続けていた青年が、「友だちに会うという目的があったから、保健室であっても学校に行けた。そうでなければ行けなかった。」と語りました。
あなたが、無断で仕事をずっと欠勤するとしたら、簡単な理由でしょうか?よほどのことがないとそんなことはしないはずです。仕事と違って子どもは学校を選ぶことはできません。想像してください。ほとんど唯一の所属すべき集団に行かない選択をすることが、十代前後の子どもにとってどれほどのことかを。
親たちの言葉
一般に「「不登校」=親に問題あり」という図式があるようです。私は同和教育推進教員をしたのがきっかけで、「不登校」の子を持つ親の会にかかわるようになりました。そこで出会ったのはごく普通の親の姿でした。その後会った多くの親たちもです。「なぜ「不登校」になったんだろう」と疑問を持ち、子育てが悪かったのかと自分を責め、分かってもらえない孤独を噛みしめ、泣いています。「不登校=親に問題あり」という、自分自身の持つ偏見が、刃となって自分自身を傷つけます。そしてまた、力を貸すどころか、冷ややかに眺める周りの視線が親を傷つけます。「不登校」が珍しくなくなった今でも、初めて親の会にきて話す時、涙なしに話せる親はほとんどいません。全体の数がいくら多くなっても、その家族にとっては初めての事態なのです。
個別に親と話した時に次のような話をしてくれました。
(祖母から)人がなんち言うかえ、こげな子ができてから。ね。私たちは先に死ぬんやから、そしたら誰がこのこの面倒見るんかとか。最初は私の育て方って言うか、やっぱり(長女だから下の子が小さい時)あの子にずーっと我慢をさせてたから、悪かったなあって。だからここで手がかかってもいいやっていう思いがありましたけど。なるべく気にしないようにちいうか、どうせ分かってもらえないんやから、分かってもらうように話なんかしても分からないから。、、、でもすごく辛かったですやっぱり。
(子どもが)いじめのすごいこと言わなかったんですね。最初は全部は。言うのって大変でしょ。辛いから。忘れたいという気持ちと許せないというのといろんなこう。そして疲れ果ててて、そんなのしゃべりたくないとか。その当時はともかく、クラスの子が来ればはって電話に出るような感じで。私もそん時は親もおろおろしてるんですね。どうして行けないのって。あんたの思い過ごしじゃないかとかね。変な人たちのことは気にせんで、話さなくてもいいから行って授業受けて帰ってくればとか、今考えればほんと恐ろしいこと言ってたんですよね。
我が子が「不登校」になった時、多くの親は何とかしたいと本を読み、講演会に出かけ、勉強しています。ネットワークの例会に参加するのも8割くらいは親で、そのほとんどが母親です。教師は少ないのです。そうやって学んでいる親たちは、「不登校」の知識だけをとっても教師の何倍もあります。
教師や周りの人のとらえ方・接し方
「親の会なんか作る親どもの子じゃあけ、『不登校』になるんじゃ。」ある教職員の発言です。母親は深く傷つきました。子どもが「不登校」になって、悩んでいる時に、たまたま同じ学校で「不登校」をしていることを知った親同士が会って話したのです。「不登校」が先なのでこの非難は本末転倒です。しかし「不登校=親が悪い」と信じていると、そんな矛盾に気づかなくなることがあります。偏見が思考を停止させる例だと思います。
しかし、ここでさらに問題なのは、本来親といっしょに子どもの育ちを見守り助けるべき教職員が、親や子どもの敵になっていることです。
子どもが「不登校」になると、「先生に迷惑をかけて申し訳ない」と考える親が多いのです。「不登校」になり始めのころ、学校に欠席の連絡が入ると思います。「すみませんが、子どもがおなかが痛いといってるので、欠席させてください。」と、毎日連絡してくるのではないでしょうか?その電話をするたび、親は自分の無力を感じています。「分かりました。担任に伝えます。」と事務的な返事が冷たく返ってきて、とりあえず伝えることは伝えたとため息をつきます。「大変ですね。これからは来るときだけ連絡してくれればいいですよ。」と言ってくれるだけで、どれほど救われるでしょう。
たまに子どもが無理を押して学校に行きます。帰ってきた子どもは疲れ果て、八つ当たりします。担任は電話で、その日子どもが必死で作り上げた外面の言動を見て「学校では、まったく普通に友達と楽しくしてました。お母さん考えすぎないで、明日も来るように言ってください。」明るくそんな要求をします。次の日子どもは無理をした反動で行けません。また何日かして子どもは無理して行きます。
そんな日々が続き、自分の力で行かせられないとわかり始めます。それなのに相変わらず教師から「そんなふうだと進学できませんよ」とか、「お母さんしっかりしてください」とかの決まり文句を言われ続けたらどうでしょう。教師に追い込むつもりはなくても、さらに追い込まれます。
「もう、十分すぎるほどがんばった。これ以上私は傷つきたくない。この子を苦しめたくない。」ある時、親は親に立ち戻ります。学校は自分たちに有益ではないと判断します。耐えられる時期に、理解ある教師に出会えなかった親は、もはや学校そのものに不信を持ちます。そして、学校を攻撃することもあります。こうなると学校から見ると「問題のある親」です。けれど、これは親が悪いのでしょうか?
祖父母や父親が母親を責めることもよくあります。ただ一人子どもをかばう母親は、やむにやまれぬ判断を分かってくれる人を、辛い気持ちを共有してくれる人を、どんなに欲しているでしょう。
親が窮鼠(きゅうそ)と化すのは親のせいではありません。理解せず追い込み続けた周りの人の接し方(その裏側にある考え方)が原因です。そして、最も問題なのは、追い込んでいる当人たちには、まったくその自覚がないということです。
「不登校」を責任論で考える
親の会にかかわり始めたころの私は、「不登校」の子どもが来られる学級を作る責任があると考えていました。ところが、後に「あのころの岩尾さんには心を開けなかった」と、ある人から言われました。責任論だけでは、「立場」としてかかわるにとどまるのです。子どもは「指導の対象」に固定されます。接する中で思ったのは、親も子どもも「責任を取ってくれる人」ではなく、「自分を認め、自分と人としてつき合ってくれる人」(=居場所)を求めていたということです。人の育ちに「責任者」を固定する必要があるのはわかります。また、クラスの子どもが互いを認め、支えあう仲間としてクラスを高めていくことは無論大切です。けれど、それだけでは足りません。クラスの仲間作りも、「不登校」の子どもを出さない集団であることは、すべての子どものとって極めて大切ですが、「不登校」の子どもを来させる手段としての仲間作りであってはならないはずです。
責任論だと、つまるところ「自分の落ち度がなければいい」のです。子どもの心がどうあれ、「来さえすればいい」のです。「来る」という形が大事です。来なければ、「責任は親にある。」と言えばすみます。こう考える人は当事者から学ぶという、いちばん確実なことができません。必要がないのです。そして、先に書いたように「問題のある親」を、わざわざ作っていくことがあるのです。「不登校」に限らず、「障害」者問題も部落問題も同じように、自覚なく当事者を追い込んでいく側に立ってしまうことがあると思います。
私は、責任論から親の会にかかわり、たまたま親の体験や思いを聞くことができました。運がよかったのですが、学ぶきっかけは何でもいいともいえます。
学んだことが最も役立ったのは、自分の子どもが行けなくなった時でした。私も子どもを無理に行かせたい気持ちに駆られました。「この子は弱い」「もっと厳しくすればよかった」と思いました。そして、相手の子どもを責める気持ちも起きました。さんざん親の話を聞いていてもです。けれども、聞いていたからこそ子どもをあまり責めずにすみました。
親・子ども・教師のコミュニティ 〜私の子どもの場合
親の会は私自身の居場所にもなっていきました。過去子どもから反発された私には、常に「自分はだめな人間ではないか」という恐れに似た感情がありました。今もです。けれど、親たちはそんな私を当たり前に認めてくれました。責任論でかかわっている時でさえも。そこでは、私のほうが解かれていったのです。次第に、生徒との関係も自分の子どもとの関係も以前と違ってきました。
私の子どもが行けなくなった時、担任は子どもも私も責めずにいてくれました。登校した時には、時々話し相手になってくれました。「学級に戻るためにがんばれ」などという話でなく、他愛のない普通の話です。支援加配の教師や教頭も声をかけ、話を聞いてくれました。そして、保健室にいっしょにいた子どもたちがいました。私の子どもは現在休まず高校に通学していますが、学校に行けなかったころ自分を受け入れてくれた人にたいへん感謝しています。余計に追い込まれなかったため、深刻な傷を残さずにすんだのだと思います。
一方、親や教師から責められ(「がんばれ」と励まされ)続けた青年たちは、ひどく傷ついています。だからこそ、教師や周りの人は親の思いを聞くべきだと思います。すでに「問題の親」になっている場合は余計にそうです。アドバイスなどいりません。アドバイスは相手が欲している時だけでいいのです。ただただ思いを受け止めれば、親はまたがんばって子どもとつき合えます。親は教師よりはるかにその子を愛しているのです。親を支えることが、家庭を支えることになります。
教師はどう子どもにかかわればいいか考えがちですが、学校に来ていないのだから、子どもが安心して家で本当に休めるように、親と手をつなぐべきだと思います。二週に一度、電話でもいい、学校のにおいをさせず、親子を知るただ一人の人として親と世間話をし、子どもの話が出たら思いを聞き、少しでも親の「心の荷物」を理解してあげてください。
目の前にいる親子は、自分と大きく異なる経験をした人たちです。その人たちの感じていることを少しでも共有することは、自分の視野や価値観を広げることです。それができなくても、せめて一生懸命「生きよう」「よりよくなろう」としている子どもたちの邪魔をしない大人でありたいものです。
おわりに
多くの親は、否定されずに気持ちを聞いてもらえれば、子どもを支える側になると思いますが、現在はネグレクトや虐待も増えています。こういう親は手をつなぐことのできない状況です。その場合には児童相談所などの協力が必要です。家族が集団として危険な状態にあるときには、「ハートコムおおいた」などで行っている家族療法も必要になると思います。
また、子どもは自分自身を分析したり客観的に考えたりしにくい状況なので、子どもの思いについて知りたい場合は冬の例会に参加してみてください。経験者の話が聞けます。質問にも答えてくれます。待てない場合、話のできる青年たち(「不登校」経験者)がいますので、サイトから問い合わせてください。サイト上でも、経験者がメールで相談を受け付けています。
※1 「不登校を考える大分県ネットワーク」 現在会員数約210人
サイト http://renge.ath.cx/~oitanet/
※2 ネットワークの定例会。1998年より3ヶ月に1回、大分市で開催している。参加者は会員・非会員を問わない。不登校の子どもを持つ親を中心に約20〜40人くらいが参加する。
※3 毎回1人から5人くらいの不登校経験者が不登校について語る会。人前で話すのは初めてという青年がほとんど。高校生を含む十数人の青年たちが、これまで語ってくれた。
2007.5.4
文責 岩尾雅則
| トップページへ |
|
|