雑感集『浮雲』 第2巻

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第2巻の内容
第11話 【蝉】 2001 7, 23
第12話 【土用の丑と鰻】  2001 7, 25
第13話 【秋の気配】  2001 9, 8
第14話 【彼岸花】  2001 9, 16
第15話 【中島橋】  2001 10,6

第16話 【メジロ】 2002 2,16
第17話 【和暦、西暦変換】 2005 7,29


●第11話 【蝉】 2001 7, 23

 今日は大暑。名古屋の本日の最高気温は37.5℃(平年値31℃)、最低気温は26.7℃である。東京では35.6℃、埼玉県熊谷市で38.3℃、甲府市で38.1℃、前橋市で37.9℃。平年値をはるかに超えているにもかかわらず、この夏一番の暑さではないということが恐ろしい。もうこうなれば、40℃以上の気温に耐え得る身体に切り換える努力をすることの方が先決のようである。
 猛暑の中でセミたちが激しく鳴いている。アブラゼミ、クマゼミたちのようである。彼らは7年間も土の中で幼虫時代を過ごしてきた。7年間といえば小学校に入学してから中学2年生になるまでの期間である。暗黒の土の中から抜け出し、脱皮し、青空を羽ばたく自由の身となったかと思えば、残りの命はわずか2週間。私は、少年時代、セミたちと親しく遊んできた仲間として、彼らはこれを何と思っているのだろうかと思うことが時々ある。彼らは、やがて暗黒の中から脱出し、青空を羽ばたくことになるであろうことを知っていたのだろうか。美しい花が咲く地上を飛び回り、緑の葉に覆われた木々や梢にとまり毎日毎日「ジジジジジ〜、ジジジジジ〜」と鳴いて過ごすことを知っていたのであろうか。
 彼らは四季の変化を見ることはない。彼らは猛暑の真夏のみしか知ることができない運命なのである。
 しかし、彼らの声からは悲壮感は全く感じられない。身体全体で必死に鳴きながら生きている彼らの1日分は私たちの数年分にも匹敵するようにさえ感じられる。
 むしろ彼らの方が人間たちを見て「もっと真剣に生きたらどうか」と同情しているかも知れない。 

●第12話 【土用の丑と鰻】  2001 7, 25 

 今日は『土用の丑』ということで、ビタミンAたっぷりの美味しい鰻の蒲焼が食卓に出た。
 ところで、『土用の丑』とは何だろうか、そしてこれが鰻とどう結びつくのだろうかと気にした経験がある人は、私ばかりではないだろう。実際、私たちが子供の頃この言葉に触れたのは、「土用の丑は鰻」という文字ではなく、「どようのうしはうなぎ」という言葉だけであるから、せいぜい想像しても「土曜日の牛は鰻」と、訳の分からぬ内容である。
 土用というのは、中国から伝わった、天地間のすべての出来事を木火土金水に当てはめようとする五行説に基づいている。四季も、春を木、夏を火、秋を金、冬を水と当てはめようとした。しかし、土が余ってしまった。それで、この土を、次の季節へ移り変わろうとするある一定の期間に使うことになったわけである。であるから、土用は夏ばかりでなく、春にも、秋にも、冬にもあり、年に4回あることになる。
 その土用は、土用の入りの日(現在、太陽黄経がそれぞれ27度、117度、207度、297度に達した日)から立夏、立秋、立冬、立春の前日までとした。この期間は18日であったり19日であったりする。
 丑の日は、年を干支で呼ぶように、毎日を十二支(子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥)に当てはめる習慣があり、その日が丑に対応しているということである。当然のことながら、丑の日は12回に1回、順番に巡ってくる。土用の期間は18日または19日であるから、この中に丑の日は少なくとも1回、多い時では2回存在することになる。
 「夏バテには土用の丑の鰻!」というから、夏のところだけとりあげると、2001年は7月20日が土用の入りで、7月20から8月6日(立秋は8月7日)までが土用ということになる。7月20日は申の日であるから、以下のように十二支を当てはめると
 20申21酉22戌23亥24子【25丑】26寅27卯28辰29巳30午31未1申2酉3戌4亥5子【6丑】
となり、7月25日と8月6日が土用の丑の日である。従って今年は8月6日にもう一度『土用の丑の鰻』と称して鰻がいただける可能性がある。
 因みに2002年は7月20日が土用の入り、丑の日は7月20日、8月1日であり、2003年は7月20日が土用の入り、丑の日は7月27日のみである。
 土用の丑と鰻との関係になると、エレキテルで有名な科学者、蘭学者の平賀源内先生が登場してくる。
 夏の暑い日に、鰻が売れなくて困った鰻屋が源内先生に相談に行ったら、その日がたまたま土用の丑の日であったので、源内先生は「本日は土用の丑、鰻食うべし」と大きな板に書かれ、「これを店の前に立てておきなさい」と言われた。その通りしたら、鰻屋はたちまち大入り満員となったというのである。それ以来、『土用の丑の日は鰻』となったということである。いずれの話も「定説ではないが・・・」と断ってはあるが、ほぼこのような内容ばかりである。
 私が面白いと思っている説はこれと少し違っている。これはテレビで見たのかラジオで聞いたのか本で読んだのか今ではとんと忘れてしまったが、こうである。
 夏の暑い日、経営不振の鰻屋が源内先生にどうしたらよいか相談に行った。そしたら源内先生が「商売を繁盛させるには宣伝が必要だ。ところで、予算はどのくらいあるのか」と鰻屋に聞いたところ、鰻屋は「予算は全くありません」と答えたという。困った源内先生は「お前さんの親戚を可能な限り集めなさい」と指示された。そして源内先生は彼らに「二人ずつコンビを組んで、人ごみの中で、『土用の丑には鰻を食べたらいいらしい』と、周りの人に聞こえるように、しかしそっと囁き合いなさい」と言われた。彼らは分散して、あちこちの人ごみの中でそう囁き合ったら、その噂が噂を生み、鰻屋はたちまち大入り満員となったというのである。
 これも定説ではないだろうが、長い煙管でタバコをふかしておられた源内先生にはこの方が似合っている。それこそこの長い煙管でタバコをふかしながら「なぁ、巧くいったろうが」と鰻屋に言っておられる源内先生の笑顔が思い浮かんでくる。
 源内先生が亡くなられたのは1779年であるから、それからでも200年以上も経っている。現在に至ってもなおこの噂は継続し、既に全国津々浦々にまで浸透している。『土用の丑には鰻を食べたらいいらしい』に「ビタミンAがたっぷり」、「夏バテに良い」というキャッチフレーズが付加され、最早『土用の丑の鰻』は不動のものとなっている。 

●第13話 【秋の気配】  2001 9, 8

 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる
               (古今和歌集 藤原敏行朝臣)  
 野山が紅葉(黄葉)で染められれば、誰にでも秋だということがはっきりわかる。また、そのような兆しがどこかで発見できれば、秋が来たと知ることができる。しかし、敏行は風の音で秋を感じたというのである。感性によって秋を感じたというところに、この歌が私の心からいつまでも離れない理由がある。
 朝か夕方にすうっと風が流れ、笹の葉か何かがサラサラっと静かに音を立てた。その音を聞いて、秋の気配を感じたというのである。
 ものを見る眼には人眼、もっと眼を見開いて世界を見る魚眼、そして心の眼で見る心眼とあるが、敏行は心眼で秋を見たのであろう。


●第14話 【彼岸花】  2001 9, 16
 
 彼岸花が土手や田の畦に美しく咲いている今日この頃である。緑の中に群がって咲いている真っ赤な彼岸花は本当に美しい。
 秋の彼岸の頃に咲くこの彼岸花は曼珠沙華とも言われている。曼珠沙華は梵語で、「天上に咲くという花の名」、「見る者の心を柔軟にする」という意味があるようだ。
 幼い頃、「彼岸花には毒があるので触っちゃだめだよ」と大人たちに言われていたせいか、妙にこの花には特別の思いがある。
 彼岸花は球根であるから、人間の手によらなければ移動することはできないはず。然るに、毒があって触れてもいけない彼岸花が、何故に人間と関わりのある人里ばかりに咲いているのだろうかと気になってしまう。彼岸花がそこに咲いているのは誰かが故意にそこに植えたからであり、人間と何か深い関わりがあるはずである。
 彼岸花の球根(鱗茎)には、確かに、アルカロイドのリコリンを中心とする猛毒成分が含まれている。しかし、この毒は水にさらすことによって除去することができる。そして食べることもできるのである。そういうことから『彼岸花は非常食であった』と聞いたことがある。
 食料が尽き、草や木の皮や、さらには土壁の藁までも食べ尽くし、最後の最後の非常食として彼岸花の球根を食べたというのである。餓死という窮地に立たされ、まさに死と直面した時に彼岸花を食べた、あるいはそのために用意された花であったのである。最早、この世の此岸からあの世の彼岸(実際、彼岸は死の世界ではなく、悟りの世界という意味だが)へいかねばならぬという状況に追い詰められた時に食べる花が彼岸花であったというのである。
 非常食であるから、そう簡単に食べられては困る。だから「彼岸花には毒があるので触っちゃだめだよ」と、寄りつかないように牽制しておく必要があった。しかし命を守る大切な花であるから、身近なところに植えておく必要があったのであろう。
 彼岸花が墓地や田の畦、土手に多く見られるのにはそれなりの理由がある。土葬の頃、ネズミや獣が土葬の死体荒らしをしていたようで、その対策に毒のある彼岸花を墓地に植えたようである。また、田の畦や土手にはネズミやモグラが穴をあけて困るので、その防止に植えたようである。
 これは韓国の人から聞いた話であるが、韓国では、彼岸花はお釈迦様の恋人の化身といわれているそうである。それによると、お釈迦様には恋人がおられた。しかし、その恋人は、お釈迦様に恋人がいてはいけないと、自ら身を引いて花となられた。花になってお釈迦様のおそばにいつまでもいようとお考えになったのであろう。この花が彼岸花だというのである。美しい彼岸花を見るとき、その恋人はどんなに美しかったのであろうかと思わずにはいられない。
 そういえば彼岸花はお寺にも多く見られるようである。やはり彼岸花は、お釈迦様のおそば近くに確かに咲いている。


●第15話 【中島橋】  2001 10,6
 
 中島(嶋)橋は旧東海道『鳴海宿』にあり、扇川に架かる橋である。旧東海道を江戸の方向から、即ち有松の方向から鳴海へ向かうと、先ず平部の常夜灯に達する。それから250mほど歩くと右手に金剛寺を見ることができ、さらに300mほど歩くとこの中島橋に達することができる。中島橋を渡ると直ぐ右手に、曹洞宗の瑞泉寺が聳えている。
 先ず、橋というのは道中印象的な所で記録も残り易い。『東海道分間絵図』1690年(元禄4年)版には「あふき川 中嶋はし 十三間」と記録が残っている。
 実際、中島橋はそれよりも歴史ははるかに古いようで、1408年(応永15年)には少なくとも存在していたようだ。
 1408年(応永15年)6月22日に若狭の小浜港に南蛮船が突然やってきた。この船は南蛮国の亜烈進卿(亜烈施進卿)から日本国王にあてた進物として象、山馬各1頭、孔雀、オウム各2番(つがい)などを運んできたのである。
 実はこの時の象がこの中島橋を通過したようで、「中島橋は土橋で、危険であった」という話が残っているようだ。巨大な象が安全性の低い土橋の上を通過するのであるから、極めて重大な問題となり強く印象に残ったであろうことは十分想像できる。だとするならば、この象が日本にやってきた1408年には、既に中島橋は存在していたということができる。しかし、見知らぬ巨大な象を初めて見た当時の鳴海の人々も随分驚いたことだろう。とにかく、日本へ最初に来た象がこの中島橋を通過して行ったようである。


1728年の象(『山王祭礼図屏風』より)

 1728年(享保13年)6月13日には、中国の商人鄭大成がコウチ(ベトナム)より7歳、5歳の雌雄2頭の象そして象使い、通訳各2名を引き連れて長崎港にやってきた。雌象は残念なことに9月11日に長崎で死亡するが、雄象は翌年の3月13日に長崎を出発し、4月16日に大阪、26日に伏見から京都に入り、28日に従四位に叙されるとともに中御門天皇、霊元上皇に拝謁する。29日京都を発ち、東海道を下って5月25日に江戸に到着した。
 この時も、この象が中島橋を通過したようだ。「この時、中島橋は既に木橋になっていて危険はなかった」とのことである。そうだとすれば、左下図の象が中島橋を歩いて行ったその象である。
 因みに、古い資料を見ると中島橋は反り橋になっている。これが直形になったのは1882年(明治15年)であり、現在の橋は1957年(昭和32年)架橋されている。そして、1977年(昭和52年)3月に改築されて、2001年(平成13年)には、歩行者が安心して通れるよう、本格的な歩道が設けられた。


第16話 【メジロ】 2002 2,16
 
 毎年寒くなってくると庭にメジロがきてくれる。小枝を飛び跳ね楽しそうに遊んでいる姿を見ていると心が和む。いずれの鳥もみな可愛いが、メジロに対して特に親しみを感じるのは、少年の頃メジロを獲っていたからだろう。鳥かごに入れた囮と鳥もちとを持って山中を廻ったものだった。
 大切に育てたつもりではあったが、未熟なため可哀そうに死なせてしまったことも度々あった。大人になった今の私は
メジロたちのために欠かさず果物を用意しているのであるが、「あの時はありがとう。済まなかったね」という気持が心の中に働いている。
 メジロは必ず二羽あるいは複数でやってくる。餌に熱中しているとき、その中の一羽は必ず外敵を見張っている。一番怖いのがモズである。モズに狙われたら一瞬に蹴り殺されてしまう。しかし、メジロたちのこの見事なコンビネーションで幾度も遭遇するこの災難を回避し生き抜いているようだ。
 私にとってメジロは仲間でモズは敵と考えているせいか、メジロがうまく逃げ切ると私の心はホッとするし、またモズを追い払う気持ちも生じてくる。そんな時、私は次の話を思い出し、複雑な気持ちになるのである。 

 タカに追われて逃げ込んできたハトを行者が助けた。そこでタカは行者に
「そのハトを助けるということは、ハトを食とするこのタカを殺すに等しい。あなたは私を見殺しにするのか」
と迫る。
 「ハトを助け、一つの命を救ったと思っていい気になるな。お前は一方で一つの命を奪おうとしているのだぞ。この偽善者め」
と責められているのである。
 困った行者は、ハトと同じ重さの肉をタカに与えようと自分の身体の一部の肉を切りとって天秤にかけた。しかし、ハトの方がはるかに重かった。次々と身体の肉を切り裂き加えていったがやはりハトの重さには達しなかった。やむなく行者は全身を天秤の上に投げ出した。そのとき初めて天秤は等しくなったという。

 ハト一羽分なら私の腕の肉の一部程度で十分という考えが甘かったようだ。ハト一羽の命が失われるのであるから、それと等しくというのなら行者も自らの命をも投げうって与えなければならなかったのだ。
 どんな小さな虫や小鳥でさえも『命の重さはすべて同じ』ということであるが、自分の都合で変わってしまうというのが実情のようである。

●第17話 【和暦、西暦変換】 2005 7,29
 明治、大正、昭和、平成などのような和暦は、年の流れが適度に区分されており、またそれぞれにその時代の特徴がありますので親しみを感じますが、西暦と混在するとその対応に混乱が生じます。「西暦で記入してください」なんて欄があると慌ててしまいます。また「1915年は和暦でいうと何年ですか?」となっても戸惑ってしまいます。
 そんなとき手元に変換表があればよいのですが、必要なときには案外無いものです。インターネットを使えば変換してくれるサイトがたくさんありますから助かりますが、これもインターネットが直ぐ使える環境になければやはり困ってしまいます。
 取り敢えず明治、大正、昭和、平成付近ががわかればいいだろうと、苦し紛れに勝手に考えて頭の中で使っている愚作ですが、これを公開しましょう。
 実は、「何故何も見ないで直ぐわかるのか?」と先日ある人に聞かれましたので、つまらないものではありますが目的は確実に達せられると思われますので公開ということになった次第です。

 頭の中で計算していることは、
●明治
和暦: 明治n年 ===>西暦: (n+1867)年
西暦: m年    ===>和暦: 明治(m-1867)年

●大正
和暦: 大正n年 ===>西暦: (n+1911)年
西暦: m年    ===>和暦: 大正(m-1911)年

●昭和
和暦: 昭和n年 ===>西暦: (n+1925)年
西暦: m年    ===>和暦: 昭和(m-1925)年

●平成
和暦: 平成n年 ===>西暦: (n+1988)年
西暦: m年    ===>和暦: 平成(m-1988)年
です。

 ここで、ポイントになる数字は67、11、25、88です。1800年代、1900年代、2000年代という異なる年代がありますが、これは100年という開きがありますので、特に暗記するまでもないと思います。
 西暦から和暦に変換するときは、先ず大局的に、1867年、1911年、1925年、1988年が時代の区切りになっていることを知っておく必要があります。
 後は上記の通り、足すか、引くかの操作だけで解決します。しかしながら『67、11、25、88』を忘れてしまったらどうにもなりません。また足すか引くかを間違えたら大変なことになります。

 さて、ここで愚作と言わざるを得ない暗記法ですが、
 ●『胸(67)元がいい(11)双子(25)の母(88)』・・・何のことかわかりませんが他の語呂合わせが思いつきませんでした。しかしよく考えてみますと、美しい母親が双子の赤ん坊に胸元をちらりとさせて乳を飲ませている光景には女性の崇高さと魅力を感じますよね。
 ●『私(和足す)背低(西引く)い』・・・和暦からはポイントになる数を足して西暦を、西暦からはポイントになる数を引いて和暦を出す

 【練習問題1】
 1948年は和暦では何年か?
 [解答]
 1925(双子)<1948≦1988(母)であるから昭和
 西暦からはポイントになる数を引いて和暦を『(背低(西引く)い)』
 1948-1925=23
 昭和23年

 【練習問題2】
 大正5年は西暦では何年か?
 [解答]
 和暦からはポイントになる数を足して西暦を『私(和足す)』
 5+1911=1916
 1916年

 実際には、1800年代、1900年代、2000年代を配慮すれば、下2桁のみ、すなわち『67、11、25、88』の加減計算のみで済みます。
 「ほんとに愚作だ!」と、感心していただいた方もおられるかも知れません。しかし、よく考えてみたらもう覚えてしまって使えるようになってはいませんか?
 愚作でも頭の中のプログラムだけですから誰にもバレずに不思議がられるだけですが、私のようなお人よしは何でも喋るので愚かさがバレてしまいます。

 お粗末でした。



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