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Iowa.  アイオワ.

このページを

の六万安打達成を祝って

斯界の権威

大塚好古博士に

贈呈いたします。

2004年3月10日

大塚教授よりの8万安打達成を記念して上記の写真を頂戴しました.

厚く御礼申し上げます.

2005年4月6日

U.S.S. Iowa class battleship (BB61) Iowa at 1980s.

BB4の写真はNavSource Online: Battleship Photo Archive BB-4 USS IOWA

BB61NavSource Online: Battleship Photo Archive BB-61 USS IOWAに素晴らしいものがたくさんあります。

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[地名]

アイオワ州.

アメリカ合衆国中北部に位置する州.

東はミシシッピ川、西はミズーリ川に限られた平原部に位置し両川の支流が多数流れる.

州域はほぼ長方形をなし、北から時計廻りにミネソタウィスコンシンイリノイミズーリネブラスカサウス・ダコタ各州に接する.

氷河が地表を洗った時の遺産でアメリカのA級表土の約25%が同州に集中しているといわれ、本来は平坦な大草原であったが、開拓により62%が耕地化され、トウモロコシ、エンバク、牧草等を中心とする農業が発達している.

また、ブタ、ウシ、ニワトリの飼育と酪農を中心とする畜産は同国第1位の地位にあり、食品加工、農機具製造業等を含めた農業関連産業人口は全州の約75%に及ぶ.

Effigy Mounds National Monumentsに多数残されている鳥や動物や蛇の形をした建物をつくったMound Buildersと呼ばれる人々の居住地であったと考えられ、後にアユワAyuhwa族の居住地になった.

1673初めて同地を探険した白人であるフランスのジョリーLouis JolietとマルケットJacques Marquetteはスー族の言葉で「眠い者」(「美しい土地」を意味する等、諸説あり)を意味するこのアユワ族にちなんで同地をQuasiatononと命名、フランスの領有を宣言した.

その後、この地名はQuaouiaと短縮されAiouez、Ayuhwa、Ioways等とも表記され、最初は先住民の居住区だけを指していたが、川名に転用され、さらにはアイオワ川流域一帯をさす地名となった.

1762スペインに割譲80フランスに再割譲85フランス系カナダ人のデュビュックJulien Du Buque、1762-1810が入植し88現在のダビュークに鉛鉱山を開鉱を建設1803フランス領ルイジアナの一部としてアメリカが購入12-21ミズーリ・テリトリーの一部となり38準州40人口は4万であったが開拓が進むにつれ急増し35年後の70には119万に達した46.12/28第29州となりアイオワ・シティに州都を置いたが57デ・モインに変更59アメリカを訪問したフルシチョフ、ソ連首相一行がアメリカ農業の代表的な土地として同州を訪問.

主要都市デ・モイン、スー・シティ、ダーヴェンポート、シダー・ラッピス、ウォータールー、ダビューク.

異名のホークアイ・ステートHawkeye Stateは先住民族の首長ブラック・ホークを記念したものといわれる.

1959台風により山梨県が被害を被った際、来日中だった同州出身のトーマス曹長が復興に協力する目的で同州特産の種豚35頭と飼料1500tを同県に寄付.

これが契機となり、県庁所在地の甲府市が同州の州都デ・モインと姉妹都市であったこともあって、同州との姉妹提携を提案60.3/14山梨県議会が61.4/14アイオワ州議会が議決した.

人口2776755(1990)は全米第30位、面積144716ku(北海道の約2倍弱)は全米第23位.

州花ワイルド・ローズ.

州鳥イースタン・ゴールド・フィンチ.

モットーはOur liberties we proze and our rights we will maintain(我等は自由を尊び、権利を保持する).

略称Ia.Io.

面積146000ku.

人口2929000人.

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ボストン(マサチューセッツ)工廠で1863起工64進水68.6/15公試を開始したアメリカ、ワムパノアグ級木造スクリュー・フリゲート(/)アムモノサック@

69.5/15アイオワ@と改名

83.9/27売却.

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アメリカ アイオワ級航用海防戦艦

11410nt

oa110.5x22.0x7.3m

R(直立3連成)x2/2 ボイラー(スコッチ円型石炭専焼式)x5 11000ihp 16knt 石炭1705t 5140nm/10knt

305/35mmUx1+1=4 203/35mmUx(2+2)=8 102/45mmIx6=6 57mm(6pdr)Ix20=20 1pdrIx4=4 76mmMGIx4 356mmTTx4+0

水線102-356(全長の77.5%)甲板70-76主砲塔前楯381同天蓋51司令塔254mm(ハーヴェイ鋼)

士官36下士官兵450=486(戦時654)

同型艦(1/1897)BB4 アイオワ.

1892計画改インディアナ級戦艦として主砲口径を25mm小さくし船首樓を設置して凌波性を向上させたアメリカ初の航用海防戦艦.

メルヴィル式煙突を採用した最初の戦艦.

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Photo.

アメリカA アイオワ級航用海防戦艦(1/1)B4

1892.7/19計画承認され92計画戦艦としてウィリアム・クランプ&ソンズ/フィラデルフィア(ペンシルヴァニア)造船所で93.8/5起工96.3/28アイオワ州知事M・L・ドレークの娘の命名により進水97.6/16W・T・サムソン大佐の指揮下に竣工し慣熟訓練後カリブ海に派遣され米西戦争に従軍中

98.5/12装甲巡洋艦(ACR2)ニュー・ヨーク等とともにサン・ファン(プエルト・リコ)を砲撃後スペイン艦隊の捜索に従事/28北大西洋部隊に編入されサンチャゴ・デ・キューバの封鎖に従事/31戦艦(BB2)マサチューセッツ等とともにサンチャゴを砲撃6/6サンチャゴを再度砲撃7/3ロブリー・D・エヴァンス大佐の指揮下にサンチャゴ海戦に参加しスペイン巡洋艦マリア・テレジア、オクェンドーを撃破8/20ニュー・ヨーク帰投10/12出港99.2/7カリフォルニア州サン・フランシスコで太平洋艦隊に編入6/11ワシントン州ブレマートンで入渠

1901.11/24-12/4トーマス・ペリー大佐の指揮下に砲艦(PG3)コンコード、(5)マチアス、(15)マリエッタとともに海兵隊をパナマに揚陸02.2大西洋艦隊南大西洋戦隊旗艦03.2/16ニュー・ヨークに向け出港6/30予備役編入12/23復役し北大西洋戦隊に編入07.7/6予備役編入08.7/23フィラデルフィア(ペンシルヴァニア)工廠で後部に籠檣の追加(TT撤去?)等の近代化改装を実施

10.5/2大西洋予備艦隊に編入され練習艦として北ヨーロッパを巡航12.10/10-5フィラデルフィアで実施された観艦式に参列14.5/27フィラデルフィア工廠で予備役編入17.4/23(WWIにより)復役しフィラデルフィア、ハンプトン・ローズで練習兼警備艦19.3/31予備役編入

4/30海防戦艦第4号と改名され無線標的艦に改造23.2/6締結されたワシントン海軍軍縮条約により3/23パナマ湾で戦艦(BB41)ミシシッピの実艦標的として撃沈処分.

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アメリカ○ サウス・ダコタ級戦艦(5/6)B53

USS South Dakota class battleship.Illustrated by 巣田@うぐぅ.

1919.7/11計画承認され18計画戦艦としてニューポート・ニューズ(ヴァージニア)造船所に19.10/27発注20.5/17起工

22.2/6締結されたワシントン海軍軍縮条約により/8工程31.8%で建造中止23.8/17計画中止11/8売却解体.

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アメリカ アイオワ級戦艦

46324l48110n57000(57950=1959、57353=92)ft

oa270.6or43(BB62=270.7)pp262.6or13(CFW93)x32.96x10.7(max11.60)m

T(BB61、63=ジェネラル・エレクトリック、BB62、64、66=ウェスティングハウス製)x4/4

ボイラー(バブコック&ウィルコックス重油専焼式)x8 212000shp 32.5knt

重油7073(BB62-4=7251)t 15000nm/12knt

Mk7、406/51mm(射程33558-8720m、初速762m/s、弾丸重量1225kg、発射速度2/m)V(275t、旋回重量1700t)x2+1=9

127/38mmDPUx10=20 40mmMGWx15(BB62=16、BB63-4=20)=60 20mmMGIx20(BB63-4=47) 水上機x3(ヘリコプターx2) カタパルトx2

Mk8主砲射撃用レーダー

舷側406-483水線307甲板152-286砲塔ターレット457砲塔前楯431砲塔天蓋184司令塔439mm

乗員117+1804=1921-2700(戦時)

同型艦(4+2/1943-4)

#1 BB61 アイオワ.#2 BB62 ニュー・ジャージー.#3 BB63 ミズーリ.#4 BB64 ウィスコンシン.#5 (BB65 イリノイ).#6 (BB66 ケンタッキー).

1939(BB61、2)-40(BB63-6)計画改サウス・ダコタ戦艦.

世界最速、最長の戦艦.

アメリカが完成させた最大、最後の戦艦で、唯一の406/50mm砲(砲身長20726mmは世界最長)搭載艦.

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Photo1.2.3.4.5.

Photos 1. 2.

DANFS.

アメリカB アイオワ級戦艦(1/4+2)BB61

USS Iowa class Battleship.Illustrated by 巣田@うぐぅ.

1938.5/17計画承認され39計画(ヴィンソン・トランメル法)戦艦としてニュー・ヨーク/ブルックリン(ニュー・ヨーク)工廠に船体を、ジェネラル・エレクトリック社に機関を7/1発注40予算により6/27起工42.8/27ウォーレスHenry A. Wallace副大統領の夫人の命名により進水43.2/22起工後2年8ヶ月でマックリーJohn L. McCrea大佐の指揮下に竣工

3/28海軍に正式に引渡され大西洋艦隊に編入

7/16メイン州カスコ湾口で座礁し左舷船底部71mにわたって損傷、2ケ所に生じた亀裂から燃料が流出

8/27-10/21ドイツ戦艦ティルピッツの大西洋進出に備えてカナダニューファウンドランド州アージェンシアに進出し同水域で哨戒任務に従事11/13カイロ、テヘラン会談に出席するF・D・ルーズヴェルト大統領を乗せハンプトン・ローズ出港後北アフリカ、カサブランカへ航行中/15対空戦闘訓練時に護衛の駆逐艦(DD579)ウィリアム・D・ポーターから誤射された魚雷が艦尾90mで爆発

12/16大統領を乗せて帰国

44.1/2太平洋艦隊第7戦艦戦隊旗艦としてアメリカ本国を出港/22姉妹艦(BB62)ニュー・ジャージーとともに第3艦隊(3/26第5艦隊と改称)に合流/29-

2/6クェゼリン、メジュロ、エニウェトク上陸作戦を支援/16-7第1次トラック空襲を支援中、第5艦隊(スプルーアンス大将)旗艦ニュー・ジャージー等とともに第7戦艦戦隊(ハスベット少将)旗艦として練習巡洋艦香取等に護衛された船団を攻撃し駆逐艦野分と交戦/21出港/23-6サイパン、テニアン、グアム攻撃を支援

3/15第50.10任務群(太平洋艦隊戦艦群司令官ウィリス・A・リー中将)旗艦としてメジュロ出港(後マーシャル諸島ミレ島南西70nmで呂42が視認/18リー中将旗艦を継承)第50.10任務群ニュー・ジャージー、空母(CV16)レキシントン第1駆逐戦隊(駆逐艦DD349 デューウィ、350 ハル、351 マクドノー、360 フェルプス、598 バンクロフト、602 ミード、619 エドワーズ)旗艦として/18ミレ島を砲撃中、日本海軍第66警備隊の反撃により120(#545)or140(日本潜水艦戦史K)mm砲弾2発が左舷甲板下方と第2砲塔左舷測距儀に命中し小破/30ニュー・ジャージー等とともに第58任務部隊に合流しパラオ、カロリン諸島を攻撃しカロリン諸島ウレアイ島を砲撃

4/22第38任務部隊に編入されニュー・ギニア北岸のアイタペを砲撃/22-8ホーランディア、アイタペを上陸支援/29-30第2次トラック空襲を支援

5/1ポナペ島の水上機基地と港湾施設を砲撃

6/12サイパン、テニアン島攻撃に参加/13-4両島を砲撃/19-20マリアナ沖海戦に参加し雷撃機1機を撃墜/20-4グアム島攻略を支援

7/21-7グアム、パラオ、ヤップ攻撃を支援後エニウェトク寄港

9/17ペリリュー島上陸を支援

10/10台湾沖海戦に参加/20レイテ上陸作戦を支援/23-6フィリピン(レイテ)沖海戦に第7艦隊第2任務群に所属して参加/25第34.2任務群(バジャー少将)旗艦

11/1ニュー・ジャージー等と第34.5任務群を編成しオルモック湾へ航行中/2作戦中止により反転

12/11第38任務部隊第2群所属としてウルシー出港/13ミンドロ島攻略戦を支援後姉妹艦(BB64)ウィスコンシンと交代

45.1/15カリフォルニア州サン・フランシスコでオーヴァーホールに着手

3/19工事完了

4/15ニュー・ジャージーと交代して第58任務部隊(5/18第38任務部隊)に編入/24沖縄上陸作戦を支援

5/25-6/13九州攻撃を支援

7/3第38任務部隊第4群に編入/12以降、日本本土攻撃を支援/15第7戦艦戦隊司令官オスカー・C・バッジャー少将の指揮下に姉妹艦(BB64)ウィスコンシン、(63)ミズーリ、軽巡洋艦(CL104)アトランタ、(105)デイトン、第54駆逐戦隊(第107駆逐隊[DD688]ルメイ、[690]ノーマン・スコット、[691]マーツ、[798]モンセン、第108駆逐隊[678]マクゴーワン、[679]マクネーア、[680]メルヴィン、第105駆逐隊[658]コラハン、第113駆逐隊[742]フランツ・ノックス)で第34任務部隊第1(CWS)or第8群第2任務隊を編成し旗艦として室蘭の製鋼工場を砲撃(発射砲弾数272)/17-8夜、第34任務部隊第1群(バッジャー少将)旗艦として戦艦ミズーリウィスコンシン、ノース・カロライナ、アラバマ、軽巡洋艦アトランタ、デイトン、駆逐艦8隻とイギリス戦艦キング・ジョージ5世、駆逐艦クォリティー、キベロンを率いて日立を砲撃後空母搭載機動部隊の護衛に従事

8/27第38任務部隊部隊第4群所属として空母(CV10)ヨークタウン等と相模湾入港/29ミズーリと東京湾入港

9/2降伏式典時に第3艦隊(ハルゼー大将)旗艦をミズーリから継承/5第3艦隊旗艦を戦艦(BB57)サウス・ダコタに継承/20東京湾出港

10/5-15シアトル寄港

46.1/28日本で第5艦隊旗艦をニュー・ジャージーから継承3/25アメリカに向け出港48.9迄、西海岸に配備され主として初任士官の遠洋航海に従事49.3/24サン・フランシスコで予備役に編入されモス・ボール係留

51.8/25ウィリアム・R・スメッドバーグV大佐指揮下に同級中、最後に復役し西海岸で訓練に従事

52.4/1横須賀に到着しウィスコンシンから第7艦隊(ロバート・T・ブリスコー中将>J・J・クラーク中将)旗艦を継承/8-10/16朝鮮半島東岸各地を攻撃4/18元山を砲撃10/17ミズーリに第7艦隊旗艦を継承/19横須賀を出港しノーフォーク(ヴァージニア)工廠でオーヴァーホール後カリブ海で作戦

53.7遠洋航海に使用され第2艦隊(E・T・ウールフィッジ中将)旗艦として北大西洋で実施されたNATO演習マリナーに参加後ヴァージニア岬海域で作戦

54.9大西洋艦隊戦艦巡洋艦部隊(R・E・リビー少将)旗艦を継承

55.1-4第6艦隊に編入され地中海を巡航6/1練習航海に従事後ノーフォーク工廠でオーヴァーホールされ第6艦隊に所属して地中海を巡航

57.1/4南アメリカ練習航海に従事6/13ハンプトン・ローズで実施された国際観艦式に参列9/3スコットランドへ出港後NATO演習ストラクバックに参加/28ノーフォーク帰投10/22ハンプトン・ローズ出港後フィラデルフィア(ペンシルヴァニア)工廠に回航

58.2/24大西洋予備艦隊に編入されウィスコンシンとともにフィラデルフィア工廠岸壁でモス・ボール係留

82.7/13$3億80万で83会計により近代化改装を承認9/1フィラデルフィア出港/15エーヴォンデール/ウエストウエゴ(ニュー・オーリアンズ、ルイジアナ)造船所に回航されモス・ボール解撤と船体改修工事実施

83.1/23リットン・インガルス/パスカゴーラ(ミシシッピ)造船所に曳航/30近代化改装に着手改装費$34870万で127mmx4、全MGをトマホークSLCMWABLx8、ハープーンSSMWx4、ファランクス20mmCIWSx4、ヘリコプター駐機スペース(LAMPSVx3運用可能)へ換装、前檣をラティス・マスト化しSPS49対空レーダーSPS67対水上レーダーのフラット上への新設等を中心とする(乗員1058+海兵隊40)

84.4/28復役し大西洋艦隊に編入されノーフォークに配備.6-10南アメリカ8ケ国とのUNITAS、XXV演習に参加7/1カリブ海で主副砲発射試験を実施10/19復役後初めてニュー・ヨークに入港

85オーシャン・サファリ85NATO海軍演習に参加10/19ニュー・ヨークに配備

86.7ニュー・ヨークで行われた自由の女神100周年記念観艦式でレーガン大統領の観閲艦として使用

88.9ミサイル巡洋艦(CG47)タイコンデローガ等とともにジブラルタル経由で地中海に入りトルコ沿岸でのNATO演習に参加.10イスタンブールに第6艦隊のミサイル巡洋艦(CG26)ベルナップタイコンデローガとイタリア、ヘリコプター・ミサイル巡洋艦(C550)ヴィットリオ・ヴェネトとともに入港

89.4/19プエルト=リコ北東約320nm沖でフリーテックス89演習に参加して実弾演習中第2主砲塔内の爆発事故により47名が死亡、消火班員等12名が負傷ノーフォーク工廠で応急修理後地中海に進出7/3-7ポーツマス訪問

90.1/1ノーフォーク工廠で記念艦ノース・カロライナ、アラバマ、マサチューセッツから部品の供給を受けて本格修理の予定であったが予算削減のため解役.3以降、ノーフォークで係留10/26ロード・アイランド州ニューポートで予備役編入

91.6/26フィラデルフィアに移動95.1/12除籍後フィラデルフィア工廠保管施設(NISMF)に係留98.9/24フィラデルフィア工廠の閉鎖によりニューポート海軍教育訓練センターに回航99.1/4解役

2001.4カリフォルニア州スーザン湾に回航05現存.


Since 27 Nov. 2001.

Last up-dated, 27 Feb. 2006.

The Encyclopedia of World ,Modern Warships.

#33.

U.S.S. Iowa.

Ver.1.06a.

Copyright (c) hush, 2001-6. Allrights Reserved.

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