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国家には、あるいは軍には何かをしたいという、ある種の意思によって導き出されるような目的を有する。この目的は経済問題から来ることもあろうし、征服欲のようなある種の欲望が絡んでいる場合もある。
戦略とは、つまりこの目的に達するために立案される計画・道筋のことである。無論、良い戦略と悪い戦略が存在するが、その違いはその計画の現実的な成功率と算出されたコストで判断する。良い戦略とは低コストで実現でき十分に成功の現実性を帯びているものであり、悪い戦略とは多大なコストを要求する上に現実性に欠けるものをいう。この場合のコストとは、資金や食糧のみならず信用や人望など目に見えぬものを含んだコストである。
戦略はあくまで目的までの道筋に過ぎないが、成功の現実性を決めるのは目的ではなく戦略であるため、しばしば戦略によって目的が左右される。大渋滞している道路を使ってまでディズニーランドに向かうよりは、流れている道路を使って海に行こうというわけである。
戦略を立案する際に考慮すべきは上記のように「計画の現実的な成功率と算出されたコスト」であるが、そもそもこれを考慮するには戦略を立案する人間に洞察力と分析力が要求される。また立案する人間は楽観論者であろうと悲観論者であろうと、戦略を立案する際は敵、これは対戦相手である場合もあろうし社会情勢など周囲の環境そのものも指す、は常に完璧な戦略を取ってくるというところから押さえておくべきである。最悪のケースでも目的まで達する戦略が立案可能な場合、その立案勢力はすでに八割方は勝利している。
戦略には主導権が存在する。もしAという勢力がBとCという勢力と争っており、AがBとCの戦略に関わらず目的達成のための戦略が立案可能なことを戦略的主導権を有するという。一方、BとCはこの争いの定義によって戦略的主導権を持つあるいは持ちうるかが異なってくる。1つのものを奪い合うような場合これを「ゼロ和ゲーム」と呼ぶが、この場合は戦略的主導権を握るのは1つの勢力である。だがそうではない「非ゼロ和ゲーム」である場合は複数の勢力が戦略的主導権を握っている場合がある。Bの勢力もまたAとCの勢力に関わらず自らの目的を達成可能な戦略を立案できる場合、こちらも戦略的主導権を有するといえる。Cの勢力は他勢力の失策のようなことが起こらない限り独力での目的達成は不可能であるとする。この場合、Cの勢力には戦略的主導権はない。Cの勢力は他勢力の戦略次第で自らの戦略の選択肢を制限されてしまうのである。ゼロ和ゲーム……貴方がもう1人の人間と争う場合、貴方の利益は常に相手の損である、つまり場でやりとりされる利害の和は結果として±0となるような場合、これを「ゼロ和ゲーム」と呼ぶ。一方、協定を結ぶ交渉ごとなどのように、お互いの協調によって場でやり取りされる利害そのものが増えるような場合、これを「非ゼロ和ゲーム」と呼ぶ。乱世の場合、どの国も天下統一しか望んでいなければ最終的にこれは「ゼロ和ゲーム」となるが、自勢力の保持を望む勢力がある場合「非ゼロ和ゲーム」となる場合もある。
戦略が国家レベルにおいて用いられる代表的な例としては、国家戦略・内政戦略・外交戦略・情報戦略・軍事戦略等々がある。この他にも経営戦略や企業戦略という言葉はビジネスの世界では頻繁に用いられるし戦略的人事という言葉すら存在している。
この項では上にあげた5つの戦略について論述していきたいとおもう。
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