1,三国時代の戦争
2,三国志を戦った兵士たち
3,異民族たち

1,三国時代の戦争

 三国志は戦史に分類されるが、個々の武将や戦場での決断などが注目されることはあっても戦史の一時代として評価されたことがないように見える。西洋戦史学においてはオリエントやローマに代表される古代、十字軍や百年戦争に代表される中世、イタリア戦争や三十年戦争に代表される近世ルネサンス、七年戦争やフランス革命期に代表される近代、一次と二次の両大戦に代表される冷戦以前と中東戦争や湾岸戦争などに代表される現代と大きく大別され、大別された中でも(戦史学で独自の分類をするべきかもしれないが)それぞれの時代で戦争の様相はまったく変わっている。戦争は政治が別の形態をとったものだとされるが戦争の様相が変わっているのは政治の様相が変わっていることが原因だといえる。クラウゼヴィッツが国家が総力をあげて徹底的に殲滅しあう絶対戦争という概念を唱えたが、これも西洋民主主義と国民軍の誕生が原因になっているのである。政治体制が変化すれば戦争の規模ややり方も大きく変化する。東洋戦史も同様であるはずで、勝利の概念や戦争の規模、国家や民衆に与える影響なども大きく変化しているはずである。

 日本人は戦争を古代からまったく変わらないものであると考える傾向が強いが、これは日本人の持つ戦争の知識が絶対戦争である先の太平洋戦争に限られているからだと思われる。文永・弘安の役や蝦夷征討はともに対外戦争だがこれを太平洋戦争や日露戦争と同列に論じることは不可能である。内戦である戦国乱世や応仁の乱もまた然りであり、実際に戦争していた兵士の出自や国家の財源、民衆に与える影響(戦国時代の戦争は乏しい食料の奪い合いであったとする説もあるほどだ)など時代によって様々なのである。ならば古代中国の三国時代はいったいどのような戦争が行われていたのだろうか。さいわい、三国志に関しては玉石混交ながらも資料が多い。それ以前の時代である漢王朝や春秋戦国に関しても豊富な資料がある。西洋戦史との比較研究は十分可能だろう。

 三国志に含まれる秦漢時代、魏晋の時代は皇帝専制の中央権力と地方に割拠する王侯や豪族たちによる地方権力の二つの権力の集合体であった。いわゆる三国志はこの中央権力の衰退によって地方権力同士が相争っていた乱世の歴史であり、豪族や軍閥の権力闘争であったといえるだろう。秦漢時代の軍隊は民間からの徴兵が主体だったが、後漢や三国時代には他にも一族郎党であったり賊徒や流民、周辺異民族をまとめあげた私兵が多く見られた。これは前漢の武帝などに代表される対匈奴戦の影響が大きいと思われる。騎兵の育成や歩兵の集団訓練など軍事の高度な専門化は未熟な徴集軍の存在を許さない。匈奴に対する戦争は武帝以後晋王朝の滅亡まで続けられたが、この頃から徴兵された雑兵以外に「材官」(弓や弩を操る兵)や「騎士」などの専門兵が登場し始めている。すでに民衆をかき集めて武器を持たせればそれは軍隊であるという時代は終わっていたのである。劉備が入蜀までまともに戦ができなかったのも常備軍を揃える他国に比べて彼の軍が徴兵しただけの烏合の衆であったことが大きいのだろう。赤壁以後、兵を率いて帰順してくる豪族が何人もいたため劉備は初めてまともな戦力を持つことができた。特に呉はこの傾向がとても強く、兵は後継者(子とは限らなかったようだ)へと受け継がれるものであった。西洋のナイトや日本の武士に比べて社会的な地位は高くはなかったが、実質的には同じような体制が存在していたといえるだろう。

 このような常備軍化への動きは戦争全体にはどのような影響を与えたのだろうか。一つには戦争の規模の縮小化である。秦漢期に比べて三国志では戦争に参加している兵力が大きく減っている。十万を超える兵力が動員されるのは稀で、せいぜい数万もあれば大軍であった。記述のあいまいさでは三国時代もあまり変わらないはずだが、これも徴集軍から常備軍への変化を考慮すれば十分に納得がいく話である。そして常備軍が主体となるということは戦争の複雑化と決戦を回避する傾向を生み出す。兵士はすぐに補充の利くものではなくなり、貴重なものとされるようになった。この時代、統治力=軍事力であったことを考えれば兵士を失うことはそのまま支配力の減退に繋がるのである。戦争の目的である天下統一のための領土拡張と支配力強化という大命題の前では安易な決戦による消耗は避けるべきなのだ。三国志では陣を構えて対陣することは多くても決戦で相手の軍を殲滅したという記録はほとんどない。官渡の戦いや赤壁の戦いでも政治的意味合いこそ大きかったが敗北側はまだまだ兵力を残していた。三国時代の戦争では敵軍との会戦を極力回避して相手の都市や地方を奪い取り、それをもって勝った負けたとする陣地型の戦争が行われていたといえるだろう。そのため軍を揃えて会戦するよりも「機動」によって相手の連絡戦や補給戦を絶ち、それをもって相手を退却させるタイプの戦争が主体となっていた。決戦らしい決戦といえば夷陵くらいだろう。これは退却線を自ら放棄してまで長躯侵攻し、結果的に殲滅された三国志でも極めて稀なケースである。

 三国志における領土拡張が総じて漸進的なのは将帥の能力以上に軍事的な「環境」によるところが大きいと考えられる。城塞の発達に比する兵器の未発達もこれに拍車をかけている。三国志で鮮やかに城を落とした事例というものを思い浮かべてほしい。戦国時代に楽毅が斉の七十余城を落としたような事例が存在しないのである。能力の差であろうか? しかし、多少の能力の差はあれど数が違いすぎる。城攻めが困難なものに変わってしまったと考える方がむしろ自然だろう。第一次大戦でお互いの機関銃と塹壕に阻まれた連合と枢軸の両軍を想像してもらえばいい。一つの大きな帝国が生まれる時代は「防勢」よりも「攻勢」が優位に立っている時代が圧倒的に多い。不幸にして時代の流れが「防勢」優位である場合、ナポレオンのように自らその流れに一大変革を起こすことが不可欠である。結局三国が統一された主要因は蜀と呉に暗君が誕生し、自壊することによってしか実現しなかったのである。

2,三国志を戦った兵士たち

歩兵……刀と手牌(楯)を持った刀兵や、戟を持った戟兵、矛を持った矛兵などがいたと考えられる。後期には槍兵もいただろう。中国では騎兵と歩兵に身分差はなく、歩兵にも精鋭が存在した。曹操の爪牙となった「青州兵」は質の高い歩兵集団であった。徒歩の兵は封建的身分戦士のおまけのように扱われるのが古代・中世時代の常であるが、中国は文人貴族による官僚制であったため歩兵という兵科が存在し得たといえるだろう。

騎兵……胡服騎射で導入された騎兵文化は弓を持った軽騎兵が中心であった。しかし、三国〜南北朝の頃から重装騎兵が普及し始める。これらの重装騎兵は「甲騎」や「鉄騎」と呼ばれた。なお、西欧中世では重騎兵=接近戦のみであったが、あれは西欧のみで、東欧・中央アジア・中国では重騎兵も騎射を行った。軽騎兵と重騎兵の差は、機動力を重視するか衝撃力を重視するかであった。曹魏に属した匈奴・烏桓の騎兵は天下の名騎とされた精鋭であった。

弓兵……中国では弩兵が発達した。個人であやつる小型の物から、数人で操る大型の床子弩まで様々であった。弓は弩の射撃の間隔の長さを補うために弩兵に混ぜて編成された。蜀漢の諸葛亮は、河北の騎兵を切り札とする魏軍や長江の水軍を頼みとする呉軍に対抗する道をこの弩兵に求めた。自ら弩の設計やその運用法開発に携わり、「元戎弩」や弩兵防御陣とも言える「八陣」を生み出した。この弩兵防御陣は丁度イギリスの長弓兵の防御陣と似たような運用法であったと考えられる。

水軍……「楼船」や「闘艦」、「蒙衝」や「走舸」など、細分化すれば十種類前後の軍船が存在していたようだ。船の形は今日でも使われている「ジャンク」であったと思われる。この分野において孫呉は大きく抜きん出ており水上戦は彼らの独壇場であった。歩兵や騎兵に関しては周辺異民族に遅れをとることも多かった漢民族であるが、水軍はそもそも江南が本家本元であって曹魏も蜀漢も異民族の戦力でこれを補うことは不可能であった。

工兵……この種の兵科は高度な軍事科学を持つ地域でしか見られない。古代においてはオリエントと中国以外では見られなかったのも当然であろう。工兵の仕事は様々である。行軍時には橋をかけたり、道を切り開いたりする事が彼らの仕事である。一般兵士も動員されるので作業の指揮を執ることが多いだろう。彼らの真価は攻城・守城戦で発揮される。戦国時代の「墨家」が守城戦のプロとして各国で雇われたのは有名だが、彼らもまた工兵であった。城壁を突破するために穴を掘ったり、攻城兵器を設計・管理したり、城壁の修復作業をしたりと工兵の活躍は多岐にわたる。

異民族たち




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