四国旅行Chapter IV 松野→高知 前半

行程

松野→江川崎(鉄道)→高知(レッカー車)

通過市町村(通過順)

・愛媛県
松野町
・高知県
西土佐村、十和村、大正町、窪川町、中土佐町、須崎市、土佐市、春野町、高知市

・事故処理

目覚めは穏やかだった。平和な日常を描写する夢、自宅での何でもない一幕、あたかも自分が家で当たり前の様にいるかのように振る舞う。しかし目覚めるとその天井は見たことの無い天井。そうだ、俺は旅行に来ていたんだった。そんな子供の時からくり返してきた旅路での目覚め。そんな中でこの時ほど穏やかな朝は無かった。全てが現か夢か分からない、ぼんやりとした状態で部屋に一人居る。ひょっとすると夕べの事故は夢であったのではないかというかすかな期待感を胸に抱く。しかし、車から持ち出した車検証とそれにこびりついた嫌なエアバッグの臭いだけは現そのものであった。

あまりに動揺していたので写真など撮る暇すら無かったが、松野町はいい所である。夕べ振る舞われた天然鰻が捕れるように、四万十川の支流の吉野川(四国三郎とは無関係)の恵みを一杯に受けて夏の日差しに逞しく生きるそんな町に思えた。「よく眠れましたか」と宿の女将は心配してくれる。私は「ええ、大分落ち着きました」と普通に返す。こんな日常から怒濤の一日は始まるのであった。旅路は毎日が怒濤である。

身支度を終え、足早に宿を出てから事故の処理が始まる。事故の手順、レンタカーの車検証に挟んであったプリントによると、「けが人の確保」→「警察への連絡」→「レンタカー会社へ連絡」→「状況記入シートへの記入」とある。自損事故であるから最初の項目は関係ないとして、レンタカー会社への連絡、これをすぐに行わねばならなかったのだが、夕べは事故直後はそれどころではなかったこと、一段落した時には夜も更け、電話をしても繋がらなかった事、レンタカー会社への引け目などの為に連絡が遅れてしまったのである。

そこで、まず徳島駅レンタカーへ連絡、驚きの様子で「本社と連絡してかけ直す」とのこと。暫くすると高松のレンタカー本社から連絡が来る。そこでJAFで車の牽引に付いて話がある。事故車をそのまま道路に放置するわけにはいかない。ディーラーなどまで置いてそこで修理を行わねばならない。

ここで問題が生じた。どこまで牽引を行うか、である。レンタカーであるのでコレが面倒なのであった。基本は借りたレンタカー支社の所有する車はその元の場所まで戻さなければならないのだが、そうなると儂の場合高知県江川崎から徳島市まで運ばなければならないことになる。この距離、ざっと300km!!

儂の場合特に事情が複雑で、高知県は高知県でも山奥で、太平洋にでるだけで50km、高知市へ運ぶと100kmを超えてしまうとんでもない場所であった。勿論儂にはJAFに入っている程金をどぶに捨てる趣味は無い。

とにかく、レンタカー会社、JAFへと何度も連絡をくり返して交渉した。とりあえずJAFのレッカー車代が高知へ行くだけでもとんでもない値段になるという話であるので、後に払うレンタカー会社への休業補償の\50,000と共に郵便局でお金を引き出す。とんでもない札束を手にしたのだが全然嬉しい気持ちがしなかった。この札束は瞬く間に羽を広げて飛び去ってしまうのだから・・・

さて、JAFの車と11時半に事故現場にて落ち合う事になり、儂もいよいよ松丸を離れねばならなくなった。こうなってくると名残惜しくなってくる。また来よう。そう思って予土線に乗ったのであった。電車に乗るとレンタカー会社から電話が入った。極めて複雑な工程ではあるが、儂の負担を軽くする名案を向こうの担当者が捻出してくれたのであった。

つまり、こう言うことである。本来は徳島まで車を運ばねばならず、しかも本日徳島は阿波踊りの真っ最中、こんな日に徳島へ車を運ぶのは自殺行為であるしまた、お盆前なのでディーラーも空いていない。そこで、一旦車を高知まで運び、高知のディーラーで修理をしてから直った車を回送で徳島まで走らせる。このようにすれば、JAFの回送料金が大幅に減少出来る。それでも代償は決して安くはないが、儂の経済力を超える額にはならない。そういう事で向こうの担当者が提案してくれた。儂はまたここでも人に助けられた。

とりあえず江川崎に向かう。江川崎を歩くと、昨日車を牽引してくれた軽トラのおじさんに声を掛けられる。田舎は人情があるというが、実際はただ単に町が小さくて全体がまとまっているという事なのだろう。だから、道で会う人皆が知人であり声を掛けるから人情が生まれて、それを都会で育った儂が垣間見ると田舎の人って優しいなということになってしまうのであろう。

江川崎の駅からおよそ2km程歩くと事故現場に到着する。

事故車の写真を掲載しようと思うがちょっと生々しいので、プレビューは無し。見たい人はここから。あとここも。

レッカー車を待つ間、辺りを見るとそこは恐ろしいまでに雄大な景色であった。AIRのサウンドトラックだと「伝承」がぴったりくるようなゆったりとした時間の中で四万十川が流れる。人はその四万十川から色々な恵みを受けていた。フィッシングであったりカヌーであったりラフティングであったり。江川崎というのは四万十川を満喫する場所としては結構有名らしく。特にカヌーはカヌー教室があったりして川には多くの船が浮かんでいた。事故現場にもその四万十川でアウトドアを楽しむ車が一杯止まっており、事故った儂の車は彼らの注目の的であった。極めて恥ポイントの高い所業ではあるが、恥ポイントで自殺するなら事故った昨日に既に死んでいる。だからこそ全くそのように思うことはなかった。むしろ、車がギリギリに停めていたのでレッカーで牽引するときに面倒に思えたぐらいである。

雄大な景色をそうやった楽しむ事が出来るというのも事故の縁なのであろう。一期一会とは言うが、もしも事故が無ければこのような小さな集落にどうして気を留める事があるのであろうか。事故が無ければ適当に中村のYHでもっと下流の佐田の沈下橋なんかを見て適当に写真を撮っていたのであろう。HP的にはそっちの方が面白いであろうし写真も一杯とれたであろう。が、旅にはこういう一面も存在するのである。本日儂の写真が少ないのは、事故った後で旅気分でなくむしろ行く末が心配でそれどころでなかったという事なのだが、今思うと四万十川の写真を一枚ぐらい撮っておいたほうが良かったかも知れない。従って文章で描写をせねばならぬ。事故った写真の1枚目の事故車の脇に少しだけ辺りの風景が写っているのでそれを見てもらいたい。

そんなことをしているウチに車が到着した、と言うわけでは全くなかった。11時半到着予定であるはずのレッカー車が一向に現れないのである。時間は刻々と進む。8月の太陽は殺人光線と化しており炎天下で待つと言うことはKAZを日射病で殺害することを意味していた。熱い所の騒ぎではない。たまらず儂はその近くにあった川沿いの小屋の中に駆け込んだ。その中の日陰でじっと待つことになった。JAFの方に問い合わせようにも、夕べ携帯電話の充電を忘れたせいで、先ほどの事故処理の交渉の時の電話が全ての電源を奪ってしまい、もはや使う事が出来なかった。電源を消してその時間を見ることしかその時携帯電話に用途は存在しなかった。ここで電話などすると瞬く間に電源を完全に失い、携帯電話はただのプラスティック屑と化してしまうであろう。

時間は12時を過ぎた。いくら何でも遅すぎる。どうするべきか・・・その時儂の大腸付近から激痛が走った。このクソ忙しい時に事もあろうに儂の中枢はクソを要求してきたのであった。しかし、回りには何もない。ふと日陰になっている小屋を見るとWCの文字があった。ついている。こんな時にこれ見よがしにトイレがあるなんて。トイレに入ってみる。そこに水の流れる雰囲気は無かった。ボットンという黄泉まで続いているかのような黒い穴がそこ存在するのみであった。まさに「ぼっとん便所」であり、ついているのは運だけでなく「ウン」まで付いていたのであった。齢二十歳にしてボットン初体験とは・・・高知は神秘の国だ。

喉も乾いてくる。昨日の四万十源流の水は事故直後の時に飲み干してしまった。やはりコレも小屋の中の水道を拝借してしまった。無断ではあったが、非常時である。こっちはそれどころではなかったのだから。まさにこの時儂はどん底を体験していたのであろう。横の四万十川では楽しくカヌー教室が催されている。儂は一人寂しく車の到着を待つ。これほどわびしい事があるであろうか。

携帯の電源が切れていてはどのみちダメである。1時過ぎ、レンタカーに書き置きを遺して、儂は再び江川崎の集落に歩いた。事故検証の時に世話になった駐在所で充電をしてとりあえず安全な状態にせねばならない。また水分もちゃんと補給せねばならない。兎に角今のままではダメだ。書き置きには携帯の番号を残してあるからJAFの人が来ても分かるであろう。

歩き初めて丁度真ん中あたりで携帯に着信が入った。とんでもないタイミングでのJAFの到来である。しかし、同じくとんでもないタイミングで儂の携帯の電源は完全に息を引き取ってしまった。

とにかく、交番へ向かいそこで携帯を充電させてもらう。クーラーが涼しい。ビバ、文明の利器、である。充電しながら携帯でJAFの車に連絡する。そして交番まで来てもらい、2時間遅れの出会いとなったのであった。まあ、某恋愛ゲームの主人公みたいに雪の中で2時間待たされるよりはマシか。儂の場合結局2時間待たされてコーヒーじゃなくて、コンビニの手巻き寿司やったし。

なお、レッカー車の遅れの原因は別に名雪の寝坊でも何でもなくて、お盆の帰省ラッシュで途中の行程(須崎市内)が大渋滞を見せていた為だったそうだ。

こうして、忌々しき、そして儂を大きく狂わせた江川崎に別れを告げ、一路高知へと向かうのであった。この続きは後半で。後半はレッカー車での高知までの回送と高知の観光について。乞うご期待。

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