
阿波池田→大豊→不入山登山口→四万十源流→東津野→大正→江川崎(ここまでレンタカー)→松野(鉄道)
・徳島県
池田町、山城町
・高知県
大豊町、本山町、土佐町、吾北町、池川町、吾川村、仁淀村、東津野村、梼原町、大正町、十和村、西土佐村
・愛媛県
松野町
怒濤の一日は1日目に通過した池田町から始まった。
今回泊まった阿波池田YHはとんでもない山の上の寺で、密厳寺という寺の住職夫婦がペアレントとしてやっていた。朝は雲がかかっていた。そこはまるで桃源郷にでもいるかのような風景であった。ルームメイトは早稲田の学生2人、談話室でたばこをずっと吸い続け空気を白く染めた剛の者であった。

ユースのある西山からの九十九折りの隘路を抜けて国道33号線に出ると、そこにコインランドリーがあったので今までの旅でたまった下着類を洗濯する。洗濯している間、ふと先ほどまでいた西山を見上げる。先ほどまであった霧も晴れていて険しい山を目の当たりにする。四国の山は北摂や丹波の山とは比較にならない程険しい。そんな険しい山の斜面にへばりつくようにして集落が存在しているから驚きである。あんな場所に住んでいたら苦労するだろうに、と思ったりする。
暫くすると、原付バイクの大学生風の若者らがコインランドリーに来た。何か相談しているようだ。すると、私に声をかけてきた。何かと思うと、阿波池田ユースへの道を尋ねてきた。こんな偶然もあるもんなんや、と思いつつも道を教えて、またそこの道が険しい事、さっきまで儂もそこにいたことで話が盛り上がった。バイクのナンバーを見ると大阪とあった。道理で話が合っていたわけだ。
このたびを通じて思うのだが、原付ツーリストは意外に多い。エグゼクティブのH氏が富士五合目に原付で行ったと掲示板で豪語されていたが、残念ながら私はさらに道の悪くそして険しい四万十源流を原付で到達した人を知っている。
かつての難所、大歩危、小歩危が控える中国山地のど真ん中を走る区間ではあるが、さすが2ケタの国道なだけあり、極めて走りやすい道である。カーブは多いがRが大きいので充分70〜80km/hで走れる。大歩危小歩危の道もかつてはダートでとんでもない道だったらしいが今ではその面影もない。

大歩危峡、地質学的にこの辺の岩は結構特殊らしいけど詳しいことは知らない
儂はこの時悩んでいた。ヨサクを再び走るのか、それとも妥協して33号線をそのまま高知へ向かうか。昨日走った京柱峠により、儂はある種の「酷道恐怖症」に陥っていた。祖谷での一件もあったりして、わざわざ変な道を走る馬鹿がどこにいるんや、ともう一人の儂が囁いていた。そうこうするうちに、439号線との分岐にさしかかった。大豊ICの表示とともに・・・
439後半戦は交差点すぐからの新高須トンネルから始まった。しかし、大豊ICへのアクセス路としての役割もあるために道は極めて走りやすかった。片側2車線は確保されており、酷道なんかではない道である。酷道では見られない「信号」もこの辺りでは見ることが出来た。
439を走るにあたって、儂は目的を達成すべく、本山町中心街の交差点を右に曲がった。暫く走ると、下の写真の様な大きな壁が迫ってくる。

これこそが平成大渇水の時に一世を風靡した早明浦ダムである。94年にはダムの水が枯れ、底の建物が姿を現すというショッキングな映像を全国に見せつけていたが、実は四国最大の河川、吉野川の上流にあたり四国最大の貯水量を誇る巨大ダムであった。
上の写真はダムの下から撮った写真であるが写真で見る以上に実際に見ると迫力がある。まさに「鉄のカーテン」といった面持ちである。このダムの下から上に向かうにはちょっとした山道を走らねばならないのだが、上まで登り、そこから撮った写真が下のものである。
道の状態は良く覚えてはいないが、走りにくい道ではなかった。中央線は無かったとは思うが、すれ違いには苦労する道ではなかった。吉野川はこの早明浦ダムから始まり、大豊町で進路を北にとり、大歩危小歩危を通り、先ほどの池田町で東に向けて、1日目に通った高徳線に沿って三加茂、穴吹、貞光、鴨島を抜け徳島まで続くわけである。四国三郎とも言われる吉野川であるが、四国をまさに真っ二つにぶった切る川なのである。おそらく吉野川が無かったら四国山地は四国山脈になっていたのであろう。
土佐町の道の駅「土佐さめうら」で一服する。朝に池田町でパンを食べたっきりであったのでのども渇いていたし少し眠くもあった。「土佐さめうら」は結構快適な場所であった。何か新聞などにも掲載されて有名になっていたピザ屋というのが有るらしく、ちょっと食べてみるかとも思ったのだが、開店前だった。そこで開店まで待とうと思い車で寝ていたのだが、いつまで経っても店が開く気配がない。おかしいと思いよく見ると、「晩のパーティの準備の為臨時休業」。この儂が都からはるばるやってきたというのに。ヤラレタ・・・
道は2車線の50km制限道路。ヨサクとは思えない快適さである。ふと横を見るととんでもなく狭い道があったりして、整備された後であることを思い知る。郷ノ峰峠、かつては酷道区間であったが今ではトンネルが走り全く走行には問題はない。もっとも、旧道の郷ノ峰峠でヨサクと交差している高知県道6号線は四国屈指の悪路として有名であるが。
トンネルを抜けるとそこは酷道だった・・・というわけでもなく、吾北町に入っても道は悪くない。
やはり2車線の道路で50km制限。いつになったら酷道になるんや、と退屈になりかけていたとき、こんな風景を目の当たりにするのであった。
(注意 この写真は実際には土佐町方面の写真です)
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