四国旅行Chapter III 阿波池田→松野

中編(吾北町→東津野村)

行程

阿波池田→大豊→不入山登山口→四万十源流→東津野→大正→江川崎(ここまでレンタカー)→松野(鉄道)

通過市町村(通過順)

・徳島県
池田町、山城町
・高知県
大豊町、本山町、土佐町、吾北町、池川町、吾川村、仁淀村、東津野村、梼原町、大正町、十和村、西土佐村
・愛媛県
松野町

・吾北村、池川町、吾川村、仁淀村

儂は絶句した。目の前には2車線の綺麗な道がずっと続いている。しかし、そこに行くことは出来ない。執拗に左(この写真の場所じゃないよ・・・)を指すガードレールがその道へ進むことを許さなかったのである。私は車を止めて辺りを見回した。しかし、道はそれしかなかった。ヨサクの恐ろしさを身にしみて痛感した瞬間であった。
道の狭さ、酷さを考えると徳島県内のそれも決して良い訳ではない。むしろ、道ばたに落石があったりする見の越や京柱峠などから比べるとまだまだ綺麗な道とも言えるかもしれない。急なのである。落差が激しすぎる。まるで高尾駅である。高尾を過ぎるとアーバンネットワークはローカル列車へと変貌する。それぐらい、いやそれ以上のショックを私はヨサクで受けたのであった。
上の写真、勿論手前の2車線は国道ヨサク、奥のガードレールの向こうにあるのが国道ヨサクとなる予定の道、そして右手奥にそびえる一本の線こそが酷道ヨサクなのである。
気を取り直して酷道に入る。どう考えても国道とは思えない。田圃のど真ん中、山林のまっただ中、そんな場所を走るのだが、対向車も勿論存在する。そんな対向車をいち早く察知するために常に儂の目はガードレールを捉えねばならなかった。いち早く対向車を見つけて待避所(この完全一車線の道路の場合待避所などという生やさしいものではない。崖の上の草地、民家の軒先、そんな場所すら待避所となり得るのである)を見つけては潜り込んで、対向車とクラクションで労を労いながら進むのである。
このような道を果たして近畿で味わう事が出来るであろうか。無論、紀伊山地に行けば完全一車線の断崖絶壁のような道に巡り会うことは可能である。日本三大へっぽこ国道にも上げられている425号線は和歌山の御坊から紀伊山地のど真ん中を突っ切って三重の尾鷲まで進む。しかし、それらは全て京柱峠程度の体験しか出来ないであろう。つまりただの峠でしかない、ということである。峠は道が狭いのは常識である。峠の方が道が広いというのは、ヨサクの郷ノ峰峠を逆方向(土佐町方向)に進んだ場合ぐらいであろう。普通の集落で一車線の道路。果たしてこのような場所が他に有るのであろうか・・・
道は上の様な1車線、2車線をくり返す。所々で工事は終わっており、快適な二車線道路も楽しむことが出来る。しかしその刹那、道は再び絶望の方向へ指さすのである。

道は194号線に吸収されては分裂し単独区間(酷道)を走り、34号線に吸収されては分裂し単独区間を走る。

それらの山々は極めて険しく、そして深い。まさに儂はこの様な秘境を求めていたのであった。峠の上から見渡すと自分の走ってきた道が蛇行して下っていく様がよく分かる。
上の写真、よく見てもらうと電柱の左手にある折れ曲がっている白い線、これこそが酷道439であり、先ほどまで走ってきた道である。写真にしてしまうとそれほど大した様には見えぬが実際走ってみるとこの険しさ、そして風景の広さをひしひしと感じる事が出来る。またそういった酷い道を写真に納めようと思っても、車を止める場所がない、また止める暇も機会も無いためにすぐに通り過ぎてしまう。上の写真はそういった中、数少ない待避所に車を置いての撮影であった。

上の写真は大峠トンネルを越えた直後の風景であるが、標識界では希少価値の高い「その他の注意」とヨサクのおにぎりが揃っている極めて珍しい風景である。とはいえコレが分かる人間というのは少ないだろうが。それにしても、道路情報の「崩落の恐れ」という事項が躊躇無く書かれているのが極めて怖く思う。確かに、雨が降ったら極めて危険な状態になるであろう道がこの先長く続いたのであるが。

・四万十源流

仁淀村でヨサクは併合されている国道34号線から単独区間に突入する。確か、この区間であったと思うのだが、先ほどから続いている、新道旧道の連続の最悪のケースに遭遇する。それは登坂車線である。ヨサクは国道34号線から2車線の快適な道路が続く。結構山の奥地まで進んでも2車線が続きヨサクにおいては破格の待遇としか思えなかった。確か、長者という地名だったと思う。その辺りに、登坂車線があった。ヨサクとは思えない道である。しかし、その先に待ちかまえていた物は・・・ヨサクの旧道だ。つまり3車線→1車線というヨサク最大の変貌っぷりを見せてくれた。
はっきり言ってそれは壁である。道が無くなっているのである。奥に小さい道がちらっと見える程度で、危険極まりない。地元の人の話によると死亡事故もそこで起こっているらしい。いくら何でも登坂車線からの1車線化は無いやろ・・・
そんな感じで、いつもの1車線で峠を登り矢筈トンネルに差し掛かろうとしたその時、儂は横にある表示を目にすることになった。

「四万十源流」

私は旅の前に四国のどこかに四万十川の源流と呼ばれる場所があることをインターネットで調べていた。そのHPもまた酷道(主に193や439)を取り上げているHPであり、儂がヨサクを知るきっかけとなったHPでもあるのだが。
阿波池田YHでも儂はその話を話題にしていた。「四万十川の源流ってどこにあるんですかねぇ?」しかし誰に聞いても明確な回答は得られなかった。HPには正確な位置も載っていたはずだが、そこまでは覚えていなかった。唯、四国のど真ん中辺りにあることだけは覚えていたが。地図で四万十川を辿ろうにも、源流とおぼしき場所は随所に存在する。支流と本流の見分けがつかないためどうしようもなかった。とりあえず東津野村の辺りだろうという予想は立てていたが。

矢筈トンネルの手前にまさにお目当ての品が存在したのである。道は矢筈トンネルの手前を左に折れてさらに山を登っている様である。きっとヨサクの旧道であろうからすぐに本線に復帰出来るであろうという甘い読みで私は針路を左に取ることにした。

道は完全なる一車線である。対向車が来たら離合は不可能だろうなと思いながらおそるおそる進む。道は途中までは舗装されていた・・・そう、途中、までは・・・舗装されている道はどんどん路面状態が悪くなり、道のど真ん中に岩が落ちている事も珍しく無くなった。
「何や、この道は・・・危ないやないか!!」
と思ったのもつかの間、舗装は消滅する・・・車にとてつもない振動が走る。遂に日産サニーがダートを走ることになろうとは誰が予想したであろうか。道は急に開けた場所に到達する。峠を越えて東津野村に入ったのである。そこに不入山の登山口があり、駐車スペースもあった。道はさらに路面状態が悪くなり、下っていったのだが、四万十源流へはこの酷いダートをさらに下らねばならなかった。
「この先は悪路です。通行には十分注意下さい。 東津野村」
という表示が見えた。東津野村に突入したことを初めて知った。四万十源流の位置を知らない儂はもうすぐ源流にお目にかかれると思い、車を降りてダートを歩いて下った。
下の写真はその「悪路」である。

されど、下れども下れども何も見えてこない。挙げ句にはダートが綺麗な舗装に変貌を遂げてしまい、道を間違えたのかとも思った。しかし、それらしい分岐点すら無かった。あまりにも長い距離を下ろうとしていたので儂は引き返した。既にハイキング状態となってしまっていた。
そんな悪路を車で下るのは極めて危険な事であった。踏んだら確実にパンクやろうな、と思ってしまうような鋭い石や底をこすってしまいそうな程に段差が激しい。
先ほど引き返した舗装の部分に到達する。急に走りやすくなって満悦するのもつかの間、道は再び「悪路」になる。
後から知ったのだが、この辺りはついこないだ土砂崩れで道が崩落したらしい。従ってその復旧工事の為に道が綺麗になっていたとのこと。そう思うとゾッとする・・・
上の写真はそんな悪路の一部、一件普通のダート道にしか見えないが斜度はかなりきつく、ローでゆっくりゆっくりとしか進めなかった。
道は途中で二手に分かれる、麓へ下りる道と源流へと続く道。無論源流へと登る道を進むのだがこの先は車での通行は危険である。そういうわけでここから先は歩いて登る事にした。

先ほどよりも道の状態は酷い・・・はっきり言って普通のセダンがこんな道を走ると言うことが間違っている。途中何台か車が通っていったが中には動けなくなって立ち往生していた家族連れの車まであった。悪路、1車線、九十九折り、もはや酷道だとかそんな次元の話ではない。っていうか、ここはヨサクじゃないヨ・・・矢筈トンネルの方向がヨサクだから。

車から降りて歩き始めて1時間ほどすると小広い場所に辿り着く。そこから源流点への登山道が始まる。そう、ここから先は車はおろか歩きもままならない道無き道を歩かねばならないのである。枝をつかみ急斜面を登り、川をまたいでハイカーと声を掛け合い、とんでもない所に来たと私は思った。
上の写真、道が分かりません・・・私もどこが道だったか覚えていません。


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登山道を30分ほど歩いてこの秘境にたどり着く。この辺りの山の深さは果てしない。遠くを見通せる場所から遠くの風景を見てもどこにも集落の影すらない。電柱のような人間の建造物すら見あたらない。不入山の原生林にこの日本最後の清流の源流が存在するのである。
この風景を見たときは思わず涙しましたね。ええ、Kanonがなんだっていう話ですよ。もっとも、この時期はまだ毒されていなかったのだが・・・
とりあえず水を飲ませていただく。美味いことは美味いのだろうが、それ以上に1時間半何も飲んでいなかったので、その水のありがたみを一入(ひとしお)感じていた。とりあえず、ペットボトルに水を入れて今日の宿舎で自慢話に花を咲かせよう。とその時思っていたのであった。

登山で一番怖いのは行きよりも帰りである。このような秘境に訪れると大抵帰りは辛い旅を余儀なくされる。今回も例外ではなく、1時間半もの長い道のりが疲れ果てた儂に待っていたのである。下りのダート道は凸凹が激しく、疲れていた儂は下の凹凸を正確に捉える事が出来ず足を挫いてしまう。しかも同じ左足をその後4回も捻ってしまった為に、完全にイカれてしまい。その捻挫は今(10月)もなお完治していなく、触ると一部痛い場所がある。おそらく骨にでも異常が来していたのであろう。結局テーピングだけで病院にもどこにも行かなかったのだが・・・

捻挫の話からも分かるように、この時の儂の疲労度はかなり高かった様に思う。儂が子供で父親に連れられて源流に来ていたのであれば、間違いなくルートチェックなどせずに眠りに就いている、それぐらいの疲労度であったのだろう。
一応、山を下りて197号線(宇和島街道)に出た所にあるコンビニでペットボトルのアクエリアスを購入してしばしの休息を取ったのだが、その程度ではこの先に起こる惨禍を防ぐには至らなかったのである。
この時に同時にその日の宿を決めた。四万十川河口の中村市にある四万十川YHである。もう4時を過ぎていて日も傾き始めているというのに中村まで行こうというのは些か無理があったのかも知れない。いや、何にせよ源流で時間をとりすぎたのが一番まずかった。
その遅れを取り戻そうとこの先儂の運転が凶暴さを増してくるのであるが、それは次回のお話に回すことにしよう。

後編(東津野村〜松野町)へ続く

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