幽囚=deep silent
僕の名前はチハヤ。
彼女の名前は、カナエ。
僕達は人が「誕生」と称するその前から、ずっと一緒。二卵性の双子だからだ。
形式的には僕が兄で、彼女が妹。
僕達は二十歳になってすぐに、親の元を離れた。僕達を産んでくれた人達だけど、僕達のことを何も理解してくれない人達だったから。
僕達は二人で小さなアパートを見つけて、すでに一年そこで暮らしている、二人で。
カナエは週に4回喫茶店でアルバイトをしている。彼女は仕事が終わると、僕のバイト先のコンビニに来て、
店の中や外でうろうろしながら、僕の仕事が終わるのをずっと待っている。そして僕達は二人で家に帰る。二人の家に帰る。
僕達の家には、キッチンと洗面所兼バスルーム、そしてリビングが一つある。
大きめのリビングで、そこには小さなテレビと、二人掛けのソファと、熱帯魚の水槽と、そして二人のベッドがある。
僕の隣にカナエが眠る。ほとんど聞き取れないくらいの小さな寝息を立てて。たまに死んだように眠る。
僕はカナエの長い髪に触れてみる。するとカナエはぱっちり目を開け、僕の方を見て笑う。そして僕の腕に縋ってくる。
僕達はごく自然な成り行きのまま、セックスをする。
カナエはその時はいつもじっと目を瞑り、何かに耐えるように眉間に皺を寄せる。声もほとんどあげない。
親と一緒に暮らしていたときに、しているのが見つかって、僕は父親にめちゃくちゃに殴られた。カナエも何度か殴られた。
それを見た僕は逆上して、父親の腹に包丁を指した。母親は気が狂ったように泣き叫んでいた。
警察沙汰にはならなかった。父親が世間体を気にしたからだ。僕とカナエの関係が公になるのを恐れたのだ。
そして僕達は家を出た。親は何も言わなかった。ただ、何かを後ろめたく思っているのか、仕送りだけは毎月送ってきた。
僕達はセックスをするけれど、別に子供が欲しいとは思っていない。カナエはどうか知らないけれど、僕は、
僕達の血は僕達のところで絶えてしまえばいいと思っている。
事が終わるとカナエはまた死んだように眠る。真っ白な肌から血の気が失せ、蒼白くなる。
そんな顔を見ていると、わけもなく胸がざわめく。
不安になる。
カナエが僕の肩に頭を預けて、二人でソファに座ってテレビを見る。
「……チハヤ」
「何?」
「ずっと、あたしの側にいてね。ずっとあたしだけ見ててね」
「……何だよ、急に」
「……ちょっと、言ってみたくなっただけ」
彼女は時々こんなことを言う。僕が彼女の側からいなくなるなんてこと、一生有り得ないのに。
僕はカナエのことを本当に愛している。けれど、カナエはそんな僕に何か不安を感じているようだ。
想いなんてものが十分すぎる程に相手に伝わるなんてことは、きっと有り得ないことなんだろうけど。
朝、早くに目が醒めてしまったので、私はそっとベッドから下りて、洗面所に向かう。
鏡に映るのは勿論私の顔。チハヤの顔じゃない。彼と私は双子なのに、ちっとも似ていない。
私はチハヤの顔が好き。優しい目をしていて、笑顔がとても綺麗。
私は全然綺麗じゃない。
簡単に化粧をすると、少しだけチハヤに似る。 でもそれはチハヤの顔じゃない。
少しだけため息をついて、私はバスルームから出る。
ベッドの下の引き出しの中から適当に服を取り出していると、ベッドの上でチハヤが動く気配がした。
「……カナエ? 早いね」
「ごめん起こして。なんか目が覚めちゃったから」
「ふうん」
「ちょっと散歩してくる。ついでだから買い出し行ってくるね。もう冷蔵庫の中何にもないんだもん」
チハヤは少し笑う。そして小さくいってらっしゃい、と呟いてから、また眠りについた。
私はその場で服を着替えて、家を出た。
私はチハヤを愛している。
彼も私のことを愛してくれていることは、解っている。
なのに、どうしてだろう。いつもどこかでチハヤを疑っている。
私達は血が繋がっていて、本当はこんな風になってはいけないのだと解っているから、不安になるのだろうか。
チハヤにはチハヤの、そして私には私に、それぞれ見合った、血の繋がりのない誰かと結ばれた方が、本当はいいから?
そんなことじゃない。そんなこと解っている。解っていて、私達はお互いに必要と感じている。
この世界に、お互い以上に欲する存在なんて、絶対にいない。
けれど、そんな風に思っているのが、私だけだったら? 私だけが執拗にチハヤを求め続けているだけだったら?
不安になる。とても不安になる。
所詮愛なんてものは、求めるものと求められるものがあって成立するものなんだろうか。
カナエは上の空で、人だかりの中を歩いている。
横断歩道で一旦人々の足は止まる。
カナエの足も機械的に止まる。
カナエの目は信号の色だけを見ている。赤、赤、赤。
青。
カナエの機械の足は他のどの機械の足よりも早く歩道に出た。
カナエの後ろの人だかりが少しざわめく。
クラクションが激しく鳴る。
青色の車が猛スピードで横断歩道を突っ切ろうとしている。
カナエの目がそれを捕らえる。
青色、
それだけが今のカナエに見えている全ての色。
赤は危険、黄色は注意。
青は、
安全。
カナエの細い、小さな身体は、青色の車にぶつかり、跳ね上げられた。
世界が目まぐるしく動く。
否。カナエの身体が人形のように宙を舞う。
チハヤ。