僕の住む小さな町。
最近、怖い事件が起こっている。
ちょうど僕くらいの年齢、10歳から13歳くらいまでの年齢の子達が
連続して殺されている。もう5人も殺されてる。
昨日も1人、死体で見つかったって、お母さんが言ってた。
「透も気をつけなさいね。学校から帰ってくるときは友達と一緒にね。
でも寄り道なんてしちゃだめよ」
僕は素直に頷いた。だって殺されるのは嫌だ。
でも、寄り道をしてはいけない、という約束は守れそうにない。

 

僕はいつも通り、1人で学校を出た。
友達がいないわけじゃないよ。友達は多い方だ。
今日もマサ君が教室を出ようとする僕に声をかけてきた。
「透、今日俺塾休みなんだ。一緒に遊ぼうぜ」
でも僕はそれを断った。
「ごめん、今日は僕の方が用事があるんだ」
「えー、またかよー。お前最近付き合いわりいぞ」
「ごめん! 次は絶対一緒に遊ぶよ」
僕はダッシュで教室を飛び出た。
……僕の用事とは、人に会う約束のことだ。
毎週水曜日と土曜日しか会うことの出来ない人。
今日は水曜日。あの人に会える日。
僕の、大好きな人に。

 

近道するために公園の裏の細い道を抜けて、知らない人の家の垣根を乗り越えて、
こっそり庭を通って、ドブ川沿いの道を走り抜けて、空き地を跨いだ側は、
僕の住んでいる小さな家とは比べモノにならない、綺麗な白い壁の家並みが続いている。
同じ様な大きさ、同じ様な形、同じ様な庭。
その中の一つが、あの人の家。
見分けのつかない家並みの中で、あの人の家だけは、すごく目立っている。
小さな門から玄関にかけて、驚くほどたくさんの花が咲きみだれているからだ。
名前は分からないけど、白や黄色、赤、紫、ピンク、緑、水色……
こんなにもいっぱいの色が集まっているのに、全然嫌な派手さじゃない。
それはきっとあの人が、ちゃんと考えて花の位置を決めているからだ。
今の時期はアーチ型の門に絡まる緑色のツタに、大きなバラがたくさん咲いている。
ため息が出るほど綺麗な光景。
……でも、そんな美しい景色も、あの人がそこに姿を現すと、全てが色褪せる。
僕は、ドキドキしながらバラのアーチをくぐり抜けて、
花の絨毯みたいな玄関までの道のりをゆっくり歩いて、
あの人の住んでいる家の玄関まで辿り着いた。
この家にはチャイムがない。玄関ドアの真ん中に金色の輪っかが付いている。
それを掴んで、ドアを叩くんだ。
テレビとか、CDの音楽とか、喋り声とかでその音が聞こえないなんて心配はない。
この家にはテレビもラジオもCDを聴く機械もない。
それにあの人は一人で暮らしている。
だから、僕が輪っかを2回鳴らせば、返事はすぐ返ってくる。
ドアの向こうからパタパタと足音がして、僕は少し緊張した。
あの人とはもう数えきれないくらい会っているけど、僕はいつだってこの瞬間緊張する。
ドアが開いた。途端にふんわりと良い香りが僕の鼻をかすめる。
周りにたくさん花が咲いていてそれだけでとても良い香りだけど、
あの人の家の中の香りは、それとは比べものにならないくらい素晴らしい。
バラみたいな香りだけど、砂糖のお菓子みたいに甘くて、石鹸みたいな清潔な感じもする。
僕は緊張しすぎて息を吸うのも忘れてしまって苦しくなる。
「いらっしゃい」
ドアの隙間からあの人の声が聞こえた。
僕の姿を確認しなくても、来たのが僕であることをちゃんと分かってくれている。
あの人は僕だけを見ていてくれてる。それはとても誇らしくて嬉しい。
僕だけがあの人のことを良く知ってる。
それは僕以外の世界中の人間はあの人のことを知らないってことだ。
あの人の笑顔も、声も、香りも、何も知らないんだ。
それはすごく損をしていると思う。
僕は固い動きでドアの中に入った。
そこにはもちろんあの人がいた。
「来てくれてありがとう透君。すごく嬉しいわ」
あの人が―桐子さんが、どんな綺麗な花にも勝る、綺麗な笑顔で僕を迎えてくれた。

 

桐子さんは、びっくりするほど真っ白な肌で、でも眉や睫毛は濃い、つやつやとした黒で、
薄い唇は口紅なんてつけていないはずなのにいつも真っ赤な宝石みたいだ。
ただ、桐子さんを初めて見る人はきっと少し驚くかもしれないけど、
彼女の長い髪の毛は、その真っ白な肌と同じくらい、
雪みたいにきらきらと輝く白い色をしている。
染めているんじゃない。元々そういう色なんだって聞いた。
僕も最初は驚いたけど、桐子さんにはその真っ白な髪は確かにとても似合っている。
桐子さんがいつものように、銀色のプレートの上にたくさんのお菓子と紅茶を載せて、
僕の目の前に運んできてくれた。
紅茶はいつも僕の好きなオレンジペコで、お菓子は桐子さんの手作り。
マーブル模様のクッキー、ショートケーキ、スコーン、
綺麗なガラス瓶に入ったいちごやブルーベリーのジャム……。
「お菓子作りは楽しいわ。だけど食べてくれる人がいなくて作り甲斐がなかったの。
でも、今は透君がいてくれるから」
桐子さんがそう言って嬉しそうに微笑む。僕はそれ以上に嬉しい。
桐子さんは無駄なおしゃべりはしない。大きな声で笑わない。
だけど彼女にそんなものは必要ない。
桐子さんが、僕の話を聞いてくれて、頷いて、ただ静かに微笑んでいるだけで、
僕はとても幸福な気持ちに満たされる。
花の香り、お菓子の甘い香り、桐子さんの香り。
その安らかな時間を胸いっぱいに吸い込んで生きていられる
以上の幸せなんてこの世に存在するのだろうか。

 

「最近、この辺りで嫌な事件が起こってるんだ」
僕はなんとなく、その話を始めた。
「ちょうど僕くらいの歳の子がいっぱい殺されてる」
「…ひどい事件ね」
桐子さんの綺麗な顔に苦痛の表情が浮かぶ。
「じゃあ、透君もあまり外出するのはよくないわね。寂しいけど、
ここに来るのも少し控えた方がいいんじゃないかしら」
僕は慌てて、
「うん、でも、大丈夫だよ! 変なやつについていったりしないから」
つい声が大きくなる。こんな話をしてしまったことを後悔した。
殺人鬼は怖いけど、桐子さんに会えなくなるくらいなら死んだ方がましだ。
「変な話してごめんなさい。気にしないで。
……あの、これからも、ここへ来てもいいよね?」
桐子さんは優しい微笑みを浮かべる。
「ええもちろんよ。でも、本当に気をつけてね。
透君にもしものことがあったらなんて、考えたくもないわ」
そう言って僕の向かいに座っている桐子さんは、
少し身を乗り出して、僕の手をそっと握った。
桐子さんの手は、細くて白くて、少しひんやりとしている。
思えば桐子さんの肌に触れたのはこれが初めてで、
僕はもの凄く心臓がどきどきするのを感じた。

 

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