新しいバイトを始めて早2ヶ月。
 古着屋というのは初体験だったので最初はいろいろややこしくて大変だったけど、
同僚で同じ年の子が親切で、今はだいぶ慣れた。
 古着屋、と言ってもアメリカサイズのチェックのシャツやらダメージジーンズやら
幾何学模様のスカートやらが所狭しと積み上げられているようなとこじゃなくて、
アンティークなジュエルアクセサリーとか淡い色のブラウス、可愛いキャラクターTシャツや
綺麗な色のミュールなど、センスのいい女の子向けの洋服を取り扱っている上品な雰囲気の店。
 好きな人にフラれて居心地が悪くなったから、というヤな理由から前のバイトをやめてしまった私に、
「じゃアタシが新しいバイト先紹介してあげるよ」という高校時代の友人のおかげで入ることになった。
その友人は私と入れ違いでその店を辞めた。ま、ていよく辞めるために私を利用したっぽいんだけど、
別に悪い仕事じゃないから気にしないようにしてる。
 「フラワー・アトモスフェア」というその古着屋は、まだ28歳でゴージャス系美人の店長と、
26歳の女の子、そして私と同じ23歳のリリカちゃんの計4人のみが働いている小さな店だが
常連客が多くて毎日忙しい。店員もお客も女の子ばっかりで、新たなトキメキなどとは無縁だけど、
まだ失恋のショックが抜けきらないので、しばらくは気楽な身を満喫したいと思ってる。
「そろそろレジの清算する?」
 と、尋ねてきたのはリリカちゃん。私は頷く。
 リリカちゃんは白い肌にくっきり二重の黒目がちな瞳が印象的で超カワイイ。
 小柄で華奢な体型に店で購入したエキセントリックなガイコツ柄のピンクのTシャツを
完璧に着こなしている様もたまらない。おかっぱに近い真っ黒な艶のある髪なんか思わず触れてみたく……
とかって、全くその気のない私をここまでヘンタイに仕立てあげるほどの魅力的な女の子である。
 レジのお金を数えながら、リリカちゃんが「サイ子ちゃん、今日も晩ご飯一緒に食べない?」と
笑顔で聞いてくるのに私は満面の笑みで応えた。

 

 

 別に人様の趣味に関してどうこういう権利など少なくとも私にはないんだけど、
リリカちゃんの趣味に対して少し、ほんのちょっぴり、それってどうなのかしら?とか思うことがたまにある。
 最近は結構ハヤってるから、まあそんなに街中で見かけても思わず凝視することはなくなったけどね。
でもやっぱりふとしたときに目撃したらちょっとびっくりする。
 店は制服着用じゃないから、閉店後着替えをする必要はないんだけど、リリカちゃんは例によって
「ちょっと待っててね」という言葉を残し、大きな紙袋を手にして洗面所に向かった。
 数十分後。洗面所から出てきたリリカちゃんは、ほとんど別人のようになっている。
 ベロア地のワンピース、シルクのニーソックス、頭には白レースに縁取られたヘッドドレス、
首には編み上げチョーカー、そしてめばちこでもないのに眼帯を装着、隠れていない方の目の縁には
どす黒い隈取、小さな唇には紫のルージュ、もちろん身につけたもの全て、黒で統一されている。
 ……ゴシックロリータファッション。通称ゴスロリ。
 確かに、確かに小柄で華奢で超美少女のリリカちゃんはこんな日本人には到底釣り合わない
奇抜なファッションであっても難なく着こなしてしまってる。それ系の雑誌のモデルにスカウトされたことだって
何百回もあると言っていた。私だってゴスロリリリカちゃんをステキだと心から思ってる。
 ……ただ、この恰好でリリカちゃんは、居酒屋に足を運ぶのだ。
 オシャレなバーとかカフェレストランならギリギリセーフ? だが、よりにもよってたちの悪い酔い方をした
おっさんや大学生の集団の罵声が飛び交う阿鼻叫喚の空間・居酒屋に。それに関しては私も悪いんだけど。
 初めてリリカちゃんのゴスロリ姿を目にして度肝を抜かれ、あまつさえその状態で近くの居酒屋に行こうという
リリカちゃんに対して「いや、それはちょっとナシなんじゃないの〜」などの断りの言葉一つ、口に出来なかった。
無言で目を合わせない私にリリカちゃんは目をうるうるさせながら、
「……やっぱりサイ子ちゃんも、わたしのことヘンだと思う? この恰好でこういう場所に来るのが好きなわたしって
ヘンだと思うかな?」
 と問われて、思わず私は「そんなことないよ!!全然そんなことない!!」と無意味に断言してしまった。
 するとリリカちゃんは喜んでくれて、それ以来リリカちゃんとの友情が深まったのはいいことなんだけど、
以来彼女は遠慮ナシにゴスロリで居酒屋に行く。もはや私にそれを止める術はない。
 もちろん、私とリリカちゃんはそれはもう人々の視線がもしも刃と化したなら、既に失血死確実であろうと
思われるほどに、目立っている。まあ私じゃなくてリリカちゃんのみなんだけど。唯一救われるのは、
リリカちゃんがあまりに美少女過ぎるためか、または過剰なファッションの不思議少女というキャラのおかげでか、
さすがの酔っ払いたちもうかつに近寄れないのか、視線は受けるけど声をかけられることはないこと。
じろじろ見られるのは……ま、生きている人以外のヒトたちにもよくそういう目で訴えかけられることが多いから
あんまり気にしないでいられるけど、鬱陶しくないことはない。
 しかし原因であるリリカちゃんはと言えば、いつもと同じように楽しそうにニコニコしながら
「すいませ〜ん、カシスオレンジください〜!」と、既に5杯目。
 ……まあでも、自分がどれほどのレベルかわかってない身の程知らずな人間はもちろんいて、
今日もそういう男が我々の前に立ちはだかった。
 今日の挑戦者は、身長およそ180センチ、光沢感のある浅黒い肌が何ともいえないサーファー系マッチョ。
 果敢にも一人でご登場。……なんかうっすら見たことあると思ったら、つい今しがたまでいた居酒屋の店員だった。
店先で私たちを呼び止めた彼は、「あの〜、突然で悪いんだけど〜、よかったらケータイの番号教えてよ〜」と
アホ丸出しの喋り方。目線はもちろんリリカちゃん一筋。ちなみに店員の彼は、体つきはまあ合格範囲だけど、
やたらと目と目の感覚が広くて鼻も低くて唇だけは異様に主張してる感じで要するに顔はパス範囲。
リリカちゃんだって「わたしの好きなタイプ? マリス・ミゼルのMana様かなあ」という理想的なゴスロリ趣味なので、
こんな奴は完全対象外、これまでの数人と同じく完膚なきまでのシカトでやり過ごす。……と思いきや。
「え〜、どうしようかなあ」
 なんと、リリカちゃんまんざらでもない顔!?
「いいじゃん〜教えてよ〜たのむよ〜」
「う〜ん、いいけど〜」
 つ、ついていけなくなってきた。何この空気。そしてリリカちゃんのまさかの悪趣味。今までに何度か
こういうことがあったが、中には結構ジャニーズ系なかっこいい男の子たちもいたのに、ことごとく無視してきた
リリカちゃんなのに……なんかよくわかんないけど裏切られた気持ち。
 そして私が呆然と見守る中、いい雰囲気でケータイの番号を交換し合う二人。キミのも教えて〜という
男の声を遠くに感じながら、デタラメな番号を教えた。男はすぐに店に戻り、残されたリリカちゃんと私。
「……あの」
「なに? サイ子ちゃん」
「……リリカちゃん、ああいう人、タイプなの……」
「ううん? 全然」
 即答であった。私は混乱する。
「えっ、じゃ、な、なんで」
「えー、だって……」
 フフ、と可愛く微笑みながら肩を小さく揺らし、
「あのヒトの肌、すごく綺麗だったでしょう?」
 と、言った。
 その言葉を受けて私は、リリカちゃんの肩越しに、彼女の背後を凝視した。

 

 

 今日も今日とて、居酒屋に。
 先日と同じ店で、相変わらずのゴスロリが眩しいリリカちゃんは5杯目のカシスオレンジ。軽いデジャヴ。
「そういえば、前の店員いないね」
 私はなんとなくそう切り出した。リリカちゃんは依然真っ白な表情できょとんとする。
「だあれ?」
「あの……前来たとき、私たちのケータイ番号きいた店員」
「……ああ、そう? お休みしているだけじゃないの」
「……そうだね」
 その話はそれで終わった。その後、この間店に目出し帽を被った強盗が現われたのだが、寝起きの
不機嫌そうな顔で店の奥から出てきた店長が、そのトーンのまま強盗に近づき、華麗な巴投げで瞬く間に
強盗から一本とった話で盛り上がった。――その間も私は、リリカちゃんの隣の席を度々盗み見た。

 

 

「サイ子ちゃん、ちょっとわたしのおうちに寄っていかない?」
 リリカちゃんに誘われて、私はリリカちゃんの家に向かった。
 今日は全体に濃い赤のレースをふんだんにあしらった、ふんわりした黒のワンピースドレスに
白の薄手のハイソックス、黒のロッキン・ホース、赤のリボンでツインテールにした金褐色の巻き毛のウィッグによって
ヨーロッパのお嬢様風に愛らしいリリカちゃん。
 部屋も、彼女の趣味全開だった。
 照明はほんのりと淡いピンク、家具は全て黒で統一、壁には名前も知らないビジュアル系バンドのポスター、
天使・悪魔・ガイコツ系の小物がたくさんあり、部屋の隅には鳥のいない鳥かごが。
 しかし何より違和感だったのは、噎せ返りそうなほどにたちこめる甘ったるいお香の香り。頭がくらくらする……。
「くつろいでね」
 とリリカちゃんは優しく言ったが、まあなかなかくつろげそうにない。
 リリカちゃんが淹れてくれたアップルティーをちょびちょび啜りながら、私は落ち着かない心地でいた。
 この部屋の雰囲気が非常に居心地悪い、というのもある。けど、

 それよりも、「私」だからこそ、非常に気分の悪い部屋なのだ、ここは。

 リリカちゃんは知らない。
 私が知っていることを、知らない。

 リリカちゃんは、私を、

「……その服、ステキね」
 私は初めてリリカちゃんの服をほめた。リリカちゃんは咲き綻ぶ薔薇のような笑みを浮かべた。
「うれしい。これね、全部手作りなんだよ」
「へえ、すごいね」
「わたしお洋服作るの大好きなの。自分だけしか持ってないものって素敵でしょう?」
「そうだね。……よく見たら、素材も変わってるね」
 レースに彩られたドレス。その間を潜って見える生地は、布にしては少し厚みがある。
「うん……ねえ、サイ子ちゃん」
 リリカちゃんは突然瞼をとろんとさせて、私の手をそっと取った。
「サイ子ちゃん……綺麗な肌」
「そう?」
「うん……白くて、薄くて、繊細な……」

 ――視界が回った。

 薄紅色の照明に、マーブル模様の真紅が混じった。
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるしてる。眠れない夜、ベッドで仰向けになっていると、たまにこんな風になるときがある。
睡眠に陥るぎりぎり手前……。
 私は眠りについた。

 

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