>這う
<あたし最近引っ越したんだけどさあ、なんか、変なのよ>
「何が?」
<なんかお約束というか、あたしが借りてる部屋、「出る」らしいの!>
「あー、そうなんだあ」
<のんきな口調で返さないでよ! 実はさ、結構深刻なの>
「というのは、あんた、見たの?」
<そう! や、実際この目で見たわけじゃないんだけど、なんか、最近夜中に変な音がすんの! もう超怖くって>
「どんな音?」
<すっげー気味悪い音! なんかを引きずってるみたいな…ズルズル、ズルズルーって。それが毎晩続いてるの!>
「ふーんそりゃ怖いね」
<全然怖がってる口調じゃないじゃん! てゆーか、あんた高校の時から霊感ものすごく強いって有名だったもんね。
もうこんな話とか別に怖くないんでしょ?>
「や、そりゃ幽霊みたら怖いよ? 無害なヤツばっかじゃないし。……で、結局何? あたしに用があるんでしょ?」
<そう、だから……あんた、霊感強くて幽霊ばんばん見るんだったら、それなりに幽霊の対処法とかお祓いの仕方とか
知ってるんじゃないの?>
「いやあ、そんなの知らないよ。普段から積極的に幽霊とは接しないようにしてるし」
<……そんな気味悪い話、日常会話っぽく話さないでよ……ま、とにかくさ! 一回うち来てよ。
本当に幽霊がいるか確かめて! もう最近寝ても寝ても疲れがとれないくらい心労たまってんのよお>
「んー、わかった。なんかおごってくれるなら」
……という経緯で、私は長らく音信不通だった高校時代の友人・弘美の借りているマンションに赴くことになった。
「あ、サイ子ー! 久しぶりー! 元気だった!?」
「昨日電話したじゃん」
「形式的なあいさつよ。来てくれてありがとう。こんなわけのわからないことあんたみたいな子にしか頼めないから」
なんだかその言い方が腑に落ちなかったが、とりあえず私は弘美の部屋に一泊することになった。
眠るまで時間があったので、録画したテレビドラマのビデオを観たり、おかし食べたり、なんか他愛もない話をして時間を潰す。
「あー、眠くなってきた……」
「え! まだ早いよ」
弘美は、実は相当幽霊の影に脅えてるみたいだった。仕方ないので私は本題に入った。
「で……その音って、いつも何時頃聞こえるの?」
「うーん、何時とかは決まってなくて、大体いつもあたしがうとうとーとした頃に、聞こえてくる」
「どの辺から?」
「あたしが寝てる部屋。なんか、部屋中を這い回ってるカンジ。なんか結構大きな、布の袋みたいなのを引きずってる
みたいな……あー思い出したら怖くなってきた!」
「音が聞こえてきた時は、弘美はどういう状態なの?」
「なんか、夢うつつっていうか……一種の金縛り状態なのかな? とりあえず音だけははっきり聞こえてるけど意識は朦朧と
しててよくわかんないの。で、気付いたら朝だったってパターンばっかり」
「その音って弘美の部屋でだけ聞こえるの?」
「ううん! だったら寝る部屋変えればまだマシなんだけど、なんか、前に部屋を移動してそこで寝た時も、その部屋で
音がしてきて、まるであたしがいる場所を選んで出てくるみたいな」
「ふーん、じゃ、それはあからさまにあんたに憑いてるね」
そう言うと弘美に思い切り叩かれた。
「ちょっと! 冗談でもそんなこと言わないでよ! ほんとに怖いんだから!」
「ご、ごめんごめん」
……とはいえ、私はここへ来てから、まだ一度も「それらしい気配」を感じてない。本当にそういうところに行ったらちょっと
いるだけでも嫌ってほど感じるんだけど。
とりあえず、弘美が眠ってから、唐突に出てくるってヤツかもしれない。
……でも、カケラほども気配を感じないっていうのは、ちょっとおかしいけどね。
弘美はいつも使っているベッドで、そして私は床に来客用の布団を敷いて貰って、そこで寝ることになった。
「サイ子、あたしが寝るまで起きててくれる?」
弘美は毛布にくるまりながら神妙な顔で聞いてくる。
私は頷いた。
「いいよ。幽霊が出てきたら起こすね」
「う、うん」
「じゃおやすみ」
弘美が明かりを落として、部屋は真っ暗になった。
……ところでもし幽霊が出てきたとして、私は何をすればいいんだろ?
ま、幽霊が出るかどうかを確認しにきただけだし。その後の処理は霊能者かなんかに相談してもらうしかないか。
とか考えながら、数十分が過ぎた頃、私はあやうく夢の中にいってしまいそうになっている自分に気付き、
はっとして跳ね起きた。
と、
部屋を縦一線する一筋の光が目に飛び込んできた。
ドアが開いている。
向こう側は廊下で、明かりがついているみたいだっだ。
弘美がトイレでも行ったのだろうかとベッドの上を見ると、案の定ベッドはもぬけのから。
なんとなくほっとして、また寝転がろうと思ったその時、
ズル、ズル、ズルズル。
ドアの向こう、廊下から、そんな音が聞こえてきた。
乾いた、布を引きずるような音。
ゴトン、ズルズル、ゴン、ズルズルズル……
何か大きなかたいものを引きずっているみたいな音。
ざわりと、背筋に冷たいモノがはしった。
ズルズル、ズルッ。
音が、止まった。
私のいる部屋のドアの前で。
身を固くして、ドアの向こうにいる何かの存在を迎える体勢をとる。
ズルッ、
音がした。
ドアが動いた。
入ってきたのは、
ズルル……
……弘美だった。
巨大な芋虫のように身体をくねらせ、目を見開いて、髪を振り乱して、床を這ってくるのは、弘美だった。
ズルズルズルズル
手足の自由がきかないかのように、身体中を使って床を這い回る。私の周囲を、ズルズル這い回る。
そんな弘美と、目が合った。
薄闇の中、異形の弘美が、私に向かって身体をくねらせ這ってきた。
そして、私の足に被せられた毛布にのし掛かり、ぎょろりと目を剥いて、私の顔を見上げ、
もの凄い顔で笑った。