>彼女の話/サイ子

 

 一人暮らしの私は、いやでも自炊をしなければいけない。
 そろそろジャンクフードにも飽きてきたし、仕方なく、近所のスーパーで材料を買って、簡単に、カレーでも作ろうかと思った。
 けれど、とかく一人っきりの食事というのは、さびしい。
 友人達は皆忙しいし、残念ながら、彼氏もいないし。
 1時間で作り上げた自分の為だけのカレーを、テレビを見ながら食べていた。
 時刻は、午後8時。

 あ。

 私はいつものあのカンジを察して、手にしたスプーンを置いた。

 来た来た。

 小さなテーブルを挟んだ、私のちょうど向かい側に、誰かが座っている。

 すごく近くに座っているのに、顔がよくわからない。

 何故ならその人の顔は、半分ほど潰れていて、長い髪の毛に無事な方の半分も隠れているから。
 潰れた顔の側面は、真っ赤に熟れたザクロの中身みたいになってる。
 その上、私がついさっきまで口に運んでいた特製トマトカレーにも、よく似ている。

「サイ子、サイ子」

 その人は言った。実際には、そんなに発音はよくなくて、私の耳には「ザイゴ、ザイゴ」と聞こえた。
 ちなみにサイ子というのは、私の名前。
 私の名前を知っているという事は、私の知り合いのだれかなんだろう。
 でも顔がよくわからないし、声もがらがらだし、ちょっと髪の毛を払いのけてやりたくなったけど、そんなことをしたら
手が血で汚れてしまうのは目に見えている。

「ザビゴ、ザッ、ザッ、グ、ググ」

 半分欠けてしまった口で喋るのは大変そうだ。
 喋る度、ただの肉片になってしまった口の端から、ピンク色のあぶくが吹き出す。
 本当に大変そうで、なんだか可哀想だったから、もう喋らなくていいよ、と言いかけたけど、本人が喋りたがってそうだったので、やめた。

「ぁざああ、グ、ヴヴ……」

 微かに痙攣を起こしながら、折れ曲がった両手をあげて、なんとか、ぼさぼさの髪の毛を自分で払いのけた。
 それは、高校時代の友人の、佳代子だった。
「佳代子、佳代子じゃない。久しぶりー」
 一人きりの食事が少し寂しかった私は、久しぶりに見た友人の顔に嬉しくなって陽気に言ったが、そういえば今は再会を懐かしんでる
場合じゃないと思い直し、小さく咳払いをした。
「どうしたの? 変わっちゃったね」
 佳代子は言われて、少し悲しげに俯いた(ように見えた)。
「ザイ…ゴ、ワア……がし、」

 和菓子?

「アギう゛……ワ、ギ、オゴ……ザバべで……」

 何を言いたいのか、全く解らない。

「ゴボボっ」

 と音がして、佳代子は口からいっぱい血を吐いた。テーブルが血にまみれ、カーペットにもぼたぼたと血が滴った。

「あああ、ああ、あああああ」

 佳代子は残った一つの目から涙をこぼした。そしたら、涙と一緒に目玉もこぼれてしまった。
 佳代子はもどかしいのか、それとももう身体がどうにもならなくなっているのか、突然がたがたと身体を激しく揺すり始めた。
「がええがえ、ざいごがうおげえええ」
 半分以上脳がなくなってしまった佳代子は、もう上手く喋られなくなっている。
「落ち着いて、佳代子」
 これが落ち着いていられるかよ、と自分でも思いながらもとりあえず言ったら、佳代子はぴたっと動きを止めた。

 それから、佳代子はふっと、消えた。

 落ちた目玉も、血も消えた。

 結局、私は佳代子が何を言いたいのかさっぱり解らなかったが、考えても仕方ないので、残りのカレーをまた食べ始めた。
 佳代子の潰れた頭にそっくりなトマトカレーは、それでもとてもおいしかった。

 

 次の日。

 フリーターであるところの私は、昼間もヒマを持て余し、テレビの前で寝転がってニュースを見ていた。

<続いて、速報です>

 眼鏡の男性アナウンサーが言う。
 そういえば女子アナで眼鏡って見たことないなとか思いながら見てると、画面に佳代子の顔が映ったので、少し驚いた。
 昨夜私の前に現れた彼女とはもちろん違う、明るい笑顔を浮かべているまっとうな佳代子。

<昨夜午後9時頃、○○市内の高層ビル近くで、女性の変死体が発見されました。
鑑識によると女性は飛び降り自殺であるものと見られ、後にビルの屋上にて発見された遺書により、
女性の身元が○○市在住の森崎佳代子さん22歳であることが分かりました。
なお、遺書によって佳代子さんの自殺の原因は恋愛関係のもつれが主な原因であるとの見解が>

 飛び降り自殺。
 なるほど。あれじゃあ、死体片づけた人は大変だっただろうなあと、思いつつ、私はテレビのチャンネルを変えた。